アメリカ国立がん研究所(NCI)主任研究員の小林久隆さんによる、がん細胞を狙い打ちする革新的な「光免疫療法」が注目を集めている。この療法の薬剤を手掛けるのは三木谷浩史氏率いる楽天メディカルだ。なぜ三木谷氏は最新のがん治療に関わるようになったのか。ライターの芹澤健介さんの著書『がんの消滅 天才医師が挑む光免疫療法』(新潮新書)より紹介する――。(第2回)
楽天グループの三木谷浩史会長兼社長
写真=時事通信フォト
4年ぶりに会場で開催された「Rakuten Optimism2023」で基調講演をする楽天グループの三木谷浩史会長兼社長。「チャットGPT」を開発した米オープンAIと協業することを明らかにした(2023年8月2日、神奈川県横浜市のパシフィコ横浜)

余命3カ月の父に三木谷がやったこと

三木谷は三木谷で懸命に治療法を探していた。

父の良一がすい臓がんと診断され、医師からは「余命3カ月」と宣告されていた。

すい臓がんは、いまだに極めて生存率の低いがんだ。5年生存率は約11%、10年生存率となると約6%とも言われる。自覚症状が少なく、臓器が胃の裏にあるため検査でも見逃されがちだ。進行も早く、気づいた時にはリンパ節や他の臓器に転移していることもしばしばだという。

良一は日本金融学会の会長も務めた経済学者で、神戸大学で長く教鞭を執り、同大学の名誉教授となっている。三木谷は良一の第三子で末っ子だ。

三木谷はよく知られているように、いまや日本一の規模を誇るインターネット・ショッピングモール「楽天市場」だけでなく、金融、通信、旅行といった事業やサービス群をも運営する巨大な「楽天経済圏」を生み出した。そればかりかプロ野球の東北楽天ゴールデンイーグルス会長兼球団オーナーであり、サッカーJリーグのヴィッセル神戸会長でもある。個人資産は5000億円を超えるとも言われる日本屈指の実業家だが、父にはことあるごとに相談してきたという。

世界中で治療法を探してみたが

親子の対談を収めた『競争力』(講談社)には三木谷の次のような言葉が見える。

「私は子どもの頃、利かん坊で、成績もいい方ではなかったが、父はいつも温かく見守ってくれた。校風が合わず、私立の中学から転学する時も、私の考えを尊重し、サポートしてくれた。一橋大学を卒業して研究者になるかビジネスマンになるか悩んだ時や、日本興業銀行(現みずほ銀行)を辞める時、楽天を創業する時、TBS(東京放送)を買収しようとした時など、人生の岐路に立たされた時、私は必ず神戸にある実家を訪ねて父に相談し、示唆を受けてきた」

そんな父のために、三木谷は専属の医師団まで結成して最善の医療を模索していた。

「小林先生に会う半年ほど前のことでしたね、父のがんが見つかったのは」三木谷は言う。

「進行がすごく早くて……化学療法から始まって、重粒子線治療もやりましたし、そのコンビネーションもやりました。最終的には、抗体にイットリウムという遷移金属の放射性同位元素をつけた治療法も試しました。最先端の治療をほぼぜんぶ試した形です。それから、世界中のありとあらゆる病院を回りました。コロンビア大学、スタンフォード大学、ハーバード大学、パリ大学……世界中、いろんなところに行って調べたけれども、今のところ、すい臓がんに有効な治療法はないと言われたんです。

お医者さんによっては、もう何もしないで自然に任せておくのが本人のためだと言う人もいて。でも、僕は諦めが悪いのでがんの本を買い漁って、手に入る論文を端から端まで読んで、何かあるはずだ、絶対にいい治療法があるはずだと思っていたんです。当然、素人の自分の力だけでは無理なので、お医者さんの先生に集まってもらって、いろんな治療法を探していました。もう完治は難しいと言われても、なんとか延命させてあげたいなと思って」