この治療で時代が変わる

部屋に通された小林が挨拶もそこそこに鞄からノートパソコンを取り出し、始めた光免疫療法のメカニズムの説明はほんの15分くらいだった。だが岡田はその内容に衝撃を受けたという。

「自分の求めていたがん治療法がそこにあった、ようやく見つけた、という感じがしました」と岡田は言う。

「あの時、小林先生の話を聞いていて、大げさではなく、あ、ひとつの時代の幕が上がると思ったんです。光免疫療法は、化学治療や放射線治療や免疫治療というような、これまで別々の縦割りだったものをすべてまとめて横割りにしたような治療法で、それこそがん治療のパラダイムシフトが起こると直感しました」

三木谷は言う。

「確かこの時は、すい臓がんには効くのかとか、副作用のこととか、いろいろ質問をしたと思います」

小林は三木谷の質問は素人レベルではなかったと言う。

「お父様ががんになられて相当に勉強されたのがわかりました。聞いたら英語の論文なども読まれていたらしいので、もう途中からは研究者レベルでの会話になっていたんじゃないかと思います」

三木谷は小林と話していてこう感じたという。

「がんの治療法を求めて世界中を回りましたが、探していたものが足元にあったという感覚ですよね。ただ、この時話を聞いてわかったのは、残念ながら、うちの父親はやはりタイミング的に少し遅かった。がんの進行も早かったですし、当時はまだ光免疫療法も動物実験のフェーズでしたから。承認されるまでには間に合わないだろうと」

2度目の会合はこうして終わった。

医療の素人だから気付いたこと

三木谷は小林を送り出してから岡田や他の医師たちに光免疫療法の実現可能性を訊ねた。医療関係の研究者の友人や化学療法を専門としている知人の内科医にもメールや電話で感想を求めた。「方向性としては悪くないが、動物実験でうまくいっても、人でとなるとそれほど有効ではないだろう」というのが大方の見方だった。

「否定的な意見を言う人たちにその理由を聞くと、人体のシステムはマウスより複雑だから、とかだいたいそんなことですよね。ただ、僕にはそうは思えなかったんですよ。医療に詳しくない素人だからこそだと思うんですけど、いや、これは効くはずだと思ったんです。

この光免疫療法という治療法は、がんを細胞単位でマーキングして、光エネルギーで破壊するというロジックですよね。人の細胞だろうがマウスの細胞だろうが効き方は変わらないはずだと。逆に言うと、マウスでワークしたのなら、人間でワークしない理由が合理的に説明できなかったんです」

翌日、国立がん研究センターでの講演を終えた直後の小林に「先生がアメリカに帰る前に先生のホテルでいいから、もう一度会えますか」と再度連絡が入った。

初めて顔を合わせてから1週間で3度の会合に小林も戸惑っていた。巨大グループを率いる三木谷のスケジュールは分刻みのはずだ。1週間で3回も同じ人間と会うなど通常、考えられないだろう。