読む力は後天的に取得する必要がある

人類史を振り返ると、私達は印刷革命による大量の書籍によって、近代社会形成に不可欠な批判的思考や科学的思考のための「読書モード」(筆者の考える「脳のモード」の一つ)を手にしました。数時間集中して、1つのテーマに関することについて自らも思考しながら、静かに読み進めることで、1人の著者が多くの時間をかけた思考の真髄を、自らの大脳新皮質の長期記憶にインストールするのが「読書モード」です。

口語を話し、理解し、考えるための言語回路については、最小限の助けで学習するための遺伝子がありますが、文字を読むという読字回路は、あくまで私達は後天的に学ぶ必要があります。識字率99%とされる日本のような国もあれば、教育機関が充実していない南スーダン(男48%、女47%)やアフガニスタン(男74%、女56%)のような識字率が50%前後の国もあるのはそのためです。

読む力が(親の読書傾向や家庭の蔵書量などの)幼少期の環境要因に影響されるのは、読書モードはあくまで後天的に取得する必要があるためです。可塑性の高い脳(脳には長期間、持続的に変化する特徴がある)は、周辺環境と学習習慣によって、その読字回路をアップグレードさせているのです。

本を読む人
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短期記憶と長期記憶の往復による自己学習

認知神経科学の専門家でディスレクシア(識字障害)の研究者でもあるメアリアン・ウルフ教授は、読字回路は、何を読むか(書記形態と内容)、どう読むか(印刷物かデジタル媒体か)、そしてどう回路を形成するか(その教育方法)に大きな影響を受けると指摘しています。

脳の記憶は、最大9つの情報の断片を数十秒保持する短期記憶とほぼ無限大の長期記憶に分かれる「二重貯蔵モデル」から成り立っています。そしてその前者から後者への情報の移動を、脳の短期記憶の作業記憶(ワーキングメモリー)という機能が担っています。作業記憶は大脳と呼ばれる巨大な容量を持つ長期記憶とは異なり、限られた情報量しか処理できません。

私達も、講演や会議で良く知らない専門用語があまりにたくさん出てくると思考がついていかないことがあると思いますが、それは私達の作業記憶において「認知的負荷」が高すぎて(つまり、「難しい言葉が多い」「早口過ぎる」など)、容量オーバーが起きているためです。

読書モードでは静かに黙読することで、自分のペースで、時には行きつ戻りつし、文字から得られる情報を咀嚼してから、長期記憶に移動させることができます。そしてそれによって、作業記憶の容量そのものも拡張させ、深く思考しながら読み進めていく力を鍛えていきます。口語言語が遺伝の力を借りて上達できるのに対して、読書モードはこのように後天的かつ意識的に鍛えていく必要があります。