こうした様々な施策が功を奏してきたことは、数字以外からも推し測れる。年ごとのスローガンは“元気”(07年)“全社一丸”(08年)から“大空に向かって羽ばたこう”(09年)“改革を進めよう。もっと速く、もっと正確に”(12年)とより自信に満ちたものに変わった。

「本社を訪ねてきたOBが、『建物も同じ。社員も見覚えある顔ばかり。でも、雰囲気が以前とまったく違う。元気で明るくなった』と言っていた。(筆頭株主を)投資ファンドから事業会社にバトンタッチするのが僕の仕事だった。ファンドは経営者と人は出すが、売り上げを増やすためのリソースはそんなに持っていない。IHIなら持っている」(上澤氏)

2011年、“社会貢献できる普通の会社になる”というハードルをクリアした明星電気は、新たなフェーズに入ったようだ。

「社員がもっと『自分がどう思うか、どうしたいか』を出さなければ成長はない」

と石井潔社長が強調するのは、官公庁主体の御用聞きから、民間・海外市場へのシフトを念頭に置いてのこと。

「『言われたからやります』じゃなくて、確実に世の中に貢献できる仕組みをつくることへの視点を持ちたい」(柴田氏)

とりわけ、IHIの海外の販路の活用や、得意部門どうしのシナジー効果への期待が大きい。例えばダムの水の圧力を支え、放水量をコントロールする水門はIHIが世界一。一方、ダムの水位計は明星が日本一。同じくIHIの得意な鉄橋や橋のヒビや弱いところを探るセンシングの技術は明星が持っている。

「緊急地震速報が出た直後、津波や高潮が襲ってくる前に、自動的に水門を閉めるよう、緊急地震速報のネットワークとリンクさせたり、大地震でエレベーターのドアが開かなくなる恐れがあるから、揺れがくる前にちゃんと止めておくシステムとか、そういう面でのビジネスはたくさんあると思う」(石井氏)

同社は年内に、向こう3年の事業戦略をまとめて発表する予定だ。

「選択と集中」に踏み切れず窮地に陥ったが、人を切らずに社内を一新した明星電気。高い技術力を保ちつつ新市場に打って出る一連の所作は、不遇をかこつ多くの中小メーカーにとって、何らかのヒントを内包しているのではないか。

※すべて雑誌掲載当時

(石橋素幸=撮影)
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