ふんどしといえば、神輿の担ぎ手や和太鼓の奏者を思い浮かべる。そのふんどしをヒントに「sharefun(しゃれふん)」や「ととのうパンツ」など、イメージを一新するプロダクトを次々開発し、注目されているのが「一般社団法人日本ふんどし協会」の会長を務める中川ケイジさんだ。しかし、その「ふんどし人生」は、けっして平坦なものではなかった――。

コンサル会社で5年間かけて売り上げたのは4万5000円

中川さんがふんどしで起業しようと思ったのは、うつ病になったのがきっかけだったというのだから驚く。

兵庫県で生まれ育った中川さんは、高校3年生だった1995年、阪神・淡路大震災で被災。

「実家は全壊し、同級生が亡くなり、人はいつ死ぬかわからないと思ったんです。自分は生かされたのだから、好きなことをやって、人の役に立つ仕事をするべきだと思いました」

東京の大学を卒業すると、美容師を目指した。神戸に戻り、美容サロンで働きながら、美容師の資格を取得したが、30歳のときに兄が経営する東京のPR系のコンサル会社に転職した。信頼できる身内が近くにいてほしいと、兄から懇願されたのだ。

「ところが、セールスポイントが何かまったく理解できず、営業のスキルも一向にアップしません。結局5年間で売り上げたのは、たったの4万5000円。『社長の弟だから』と最初は甘やかされていましたが、次第に私を見る周囲の目が厳しさを増していきました。そして『これではマズイだろう』と自責の念に駆られ、精神的に追い詰められるようになったのです」

「一般社団法人日本ふんどし協会」の会長を務める中川ケイジさん
撮影=渡邉茂樹

ふんどしを締めて得た人生初の開放感

そうこうするうちに、出社時刻になると頭痛と眩暈で、布団からなかなか起き上がれなくなった。そんな折、2011年3月、東日本大震災が発生する。会社のある渋谷から自宅のある巣鴨まで4時間ほどかけて歩いて帰る最中、阪神・淡路大震災のことも思い出した。

「今回の震災でも多くの人たちが亡くなった。一体自分はなにをやっているんだろう」

病院に行くとうつ病と診断され、仕事は休職せざるを得なくなった。

そのときに思い出したのがふんどしだった。休職前、取引先の人から「ふんどしを締めると血の巡りがよくなる」と薦められたことがあったのだ。実際につけてみると、素っ裸と思えるほど、身につけている感じがない。

「なんという開放感か」──。生まれて初めての心地よさに感動を禁じ得なかった。それからというもの、就寝時にふんどしを締めて寝るようになった。すると不思議なことに、うつ病の症状が次第に軽くなっていったのだ。