DVDレンタルサービスから始まったネットフリックス
世界に2億3075万人(2022年12月時点)の有料会員を抱える「世界最大のコンテンツ・プラットフォーム」のネットフリックスも、じつは日本市場の攻略にあたって「入口を押さえる」戦略を有効活用していた。
1997年にDVDの郵送レンタルサービスから始めたネットフリックスは、翌年に世界初のDVDレンタル・販売サイト「Netflix.com」を開始、さらにその翌年には、定額制借り放題のサブスクリプション・サービスをいち早くスタートさせた。ドットコム・バブルの崩壊やレンタル最大手ブロックバスターとの消耗戦に苦しみつつも会員数を伸ばし、2007年にストリーミング配信サービスを導入し、DVDから配信へビジネスを脱皮させていった。
ネットフリックスをさらなる飛躍に導いたのは、2013年から始めたオリジナル作品の製作だ。特に、ハリウッドのトップクラスの監督や俳優を揃え、巨額の製作費をかけた「ハウス・オブ・カード」シリーズは大成功を収めた。これを機にネットフリックスは、作品を買い付けて配信するだけの立場から、意欲的な作品を製作するスタジオの顔を持つことで、サービスの価値を高め、会員数を伸ばしていった。
リモコンに「ネットフリックス専用ボタン」を仕掛けた
そのネットフリックスが、初めてアジアに進出したのが、2015年の日本市場だった。当時はアメリカ、カナダ、ヨーロッパ諸国と南米でサービスを展開しており、文化や慣習が異なるアジアの日本への進出は大きな賭けだったという。そこで、ネットフリックスが日本攻略の一手として仕掛けたのが、「テレビで見るサブスク・コンテンツの入口」として、リモコンボタンとテレビ内アプリを押さえることだった。
ネットフリックスは、日本のテレビメーカー各社に営業をかけ、テレビのリモコンに「ネットフリックス専用ボタン」を入れてくれれば、その代わりにリモコン製造コストの10%を負担する、という提案をした。コスト削減を追求したいメーカー各社は、この提案を喜んで受け入れていった。その結果、日本の大多数のテレビには、テレビの初期仕様にネットフリックスのアプリが内蔵されており、リモコンの良い位置に搭載された専用ボタンを押すだけで、ネットフリックスが立ち上がるようになっている。
2015年当時、日本のネット対応テレビの出荷台数は250万台とされており、リモコンの製造コストは約100円、その10%の10円ほどを負担したネットフリックスは、およそ2500万円という同社にとって破格の低コストで、日本市場の「入口」を押さえることに成功したといえる。新しくテレビを買って、テレビ画面で配信コンテンツを楽しもうと思った人は、誰もが、まずネットフリックスを「第一候補」にすることになるわけだ。必ずテレビに入っていて、リモコンのボタン1つで利用できる。この抜群の便利さによって有料会員へ誘導する仕掛けが功を奏し、ネットフリックスは日本でもユーザーを順調に伸ばしていくことに成功を収めた。
このように、「入口を押さえる」したたかな戦略を駆使するP&Gやネットフリックスのような海外企業に対して、日本企業が競争に敗れる場面は増えている。日本企業には、ルール・モラル・前例を守り、「正攻法」にこだわろうとするマインドが根強いが、もうそれだけでは勝てない現状から目をそらさずに、したたかな戦略を選択肢に入れていく必要があるだろう。
【主な参考資料】
柳川高行(1995)「新製品開発プロセスの日米の違い ―事例研究, ユニ・チャームとP&Gの紙オムツ事業―」『白鴎大学論集』9(2), 1-22.
ジョン・ライアン(1996)「P&Gの日本市場におけるマーケティング活動 1972-1985(3)」『京都大学 經濟論叢』158(2), 75-87.
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