椅子を蹴り上げてナンパ男を一喝

支度ができたという女中に好子は突然「ね、あなた、今夜はお家へお帰りになって、あすの朝、十時ごろにでもいらっしてよ、ね」「さ、私も、お玄関までお送りしますわ」「じゃ、あすはきっとね! 待っていらっしゃいよ」と矢継ぎ早に言って男を追い出し、翌朝十時を待たずに「昨夜の人がきたら、どうぞよろしくっていって頂戴ね」と女中に言伝ことづてして帰宅したのだった。

第18回は隅田川にて。夜八時ごろに川面を眺めているとベンチの隣りに座って話しかけてくる男が。とっさに女中奉公になり切る好子、休日に浅草をぶらついた帰りだと話す。男はすかさず、もっと稼げる仕事があると言うが、「まず、亀戸や玉の井ってところには、銘酒屋というのがあってね、お客のお酒の世話さえしてりゃ、一晩のかせぎ高が、まァ十円は下るまいってんですよ」と言う。亀戸、玉の井といえば最下層の私娼窟である。

平山亜佐子『明治大正昭和 化け込み婦人記者奮闘記』(左右社)
平山亜佐子『明治大正昭和 化け込み婦人記者奮闘記』(左右社)

そしていきなり着ていたインバネス(*11)で好子を包むと「ねえ、悪いこたァいわない。若いうちが花――面白いめに会ってお金がたまるってんだから、それで花が咲かなきゃ嘘ですよ」と甘言を尽くし、好子の着物の裾に手をやったのでいよいよか、と思った好子は「おもちゃにされて、そのあげく売り飛ばされて、そんな花の咲き方があるかッ! 馬鹿ッ!」と席を蹴って立ち上がった。

男は「この女、何もかも知ってやがらァ」と舌を巻いたのだった。

(*11)インパネス 着脱可能なケープがついた男性用の外套のこと。スコットランド北西部のインバネス地方に由来する。

押し倒されそうになるも啖呵を切って抜け出す

最終回の舞台は神田神保町。通りすがりの学生がウインクをしたと思うとUターンをして尾けてきた。フルーツパーラーに誘われて映画の話をするうちに、寄宿舎の部屋に俳優のスチールがたくさんあるから見に来いと言う。

ついていくと金持ち学生らしく家具調度も高級なものばかり。大島の着物に着替えた学生、グレタ・ガルボやマレーネ・ディートリッヒの写真を見せていたうちは無事だったが、濃厚なラブシーンの写真を見せると急にキスを迫ってきた。逃げる好子を押し倒そうとしたそのとき、学生の友人が部屋をノック。

好子は渡りに船とドアを開け「あんまり女をアマクみるもんじゃあなくってよッ!」と啖呵たんかを切って抜け出した。

【関連記事】
【第1回】行商人になりすまして豪邸や女学校に潜入…明治時代の婦人記者がやっていた"とんでもない取材"の数々
週刊朝日は150万部から7万部に激減していた…みんなが読んでいた「週刊誌」が消滅寸前にある根本原因
広末涼子は肉筆のラブレターを公開されても仕方ないのか…元週刊誌編集長が抱く「文春報道」への違和感
妻の親戚からの「金くれ電話」が止まらない…フィリピンパブ嬢と結婚した日本人夫が陥った"送金地獄"
銀座ママが「LINEを交換しよう」と聞かれたときに必ず使う"スマートな断り文句"