「君の一晩の相場はいくらだい?」

第7回では銀座裏のバーに現れた好子、女給はもう満員だという主人(マスター)に「ねえ、いゝでしょ」と媚びを売って置いてもらった。最初に来たでっぷりとした実業家風の客は「君の一晩の相場はいくらだい?」と呆れたことをのたまう。思わず心のなかで「このブルジョア豚!」と叫んだ好子である。

すると二人連れの会社員が現れ、そのうち一人がやたらとご執心で帰りに家まで送ると話しかけてくる。その場をごまかしていたが待ち伏せされて一緒に帰ることに。ところが好子はこともあろうに自分が住むアパートまで送らせてしまった。

それっきりバーに行かないでいたところ、アパートに好子の源氏名で訪ねてきた人物が。見ると例の会社員と一緒にバーに来ていた男。あれ以来、好子に惚れた男が発熱で唸っているからアパートに来てほしいと頼んでくる。好奇心も手伝って行ってみると、元気にベッドから飛び出た男、いきなり手を握ってくる。振り払うと今度は両腕に抱えてベッドに引きずっていく。

「助けてえ!」と大声を上げた好子、「さァ、おとなしく帰して頂戴。でないと、アパート中の人を呼んでやるわよ!」と睨むと、男は「馬鹿だね、君は。何もしないのに大声をたてたりして、僕、とんだ恥をかくじゃないか!」「君みたいなひどい女には二度とお目にかゝらないよ」と捨て台詞を吐くのだった。

隙さえあれば宿屋に連れ込もうとするナンパ文化

第11回は、浅草公園の瓢簞ひょうたん池のほとりである。〈こゝは香具師やしと不良少年と、浮浪者の世界――〉とある通り、盛り場と私娼とホームレスの根城が同居する危険な地域である。何しろベンチに座るや否や「周囲のベンチや木蔭からは、文字通りに一匹の小羊をねらう狼ども――数名の与太者が、相互を牽制けんせいしながら」こちらをじろじろ見ているという治安の悪さ。

公園
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見かねたある紳士が公園を出た方がいいと教えてくれ、出たところで別の男に声をかけられた。家出をしたと言うとこざっぱりとした蕎麦屋の2階に連れて行かれたが、男をよく見るとまだ27、8歳の職人風。鳥鍋二人前に酒を注文し、自分よりも好子にばかり勧める。これから女中奉公をするつもりだというとバーやカフェーに出た方がいい、紹介すると言いつつ、独身アピールを忘れない。

そのうち突如「ね、あなた、あなたは僕をどう思います? マンザラでもないでしょう?」「あなたがその気なら、先きで一緒にもなれるのだから、今夜これから、二人でどっかの宿屋へ泊ろうじゃありませんか。ね? どう?」などと突飛な論理で口説きだす。隙さえあれば宿屋へ連れ込もうというこの時代のナンパは一体どうなっているのか。

もちろん好子はネタを求めてついていくわけだが、この男の場合、上野公園のときと違って金離れがいい。また、宿を選ぶ際にも一応意見を聞いてくれる。だが〈驚いたことには、極めて執拗に、同浴を主張して譲らない〉。困った好子、頭痛がすると苦し気にすると男は先に入るから後からおいでとのこと。その隙にさっさと逃げてなんとか今回も助かった。