「料理屋に行こう」と宿屋に連れ込まれる
第12回は新宿の遊郭付近にて、出張で東京に来た青森在住のサラリーマン二人組に「君の『縄張り』はどこだね?」と私娼扱いをされた好子、怒って立ち去るも、再び遭遇し彼らの宿に連れ込まれる。三人で話しているうちに深夜0時になり、帰ろうとすると引き止められる。また明日にでもとごまかして逃げるが「おとといお出で」とつぶやく好子だった。
第14回は、浅草の映画館にて。上映中だったために休憩室という小部屋で座っていると、37、8歳の口髭を生やした男性がのぞき込み、好子に目を止めて周囲を警戒しつつ入ってきた。おもむろに向かいの椅子に座って煙草に火をつけ、手招きをする。コーヒーでも飲みに行こうという誘いのはずがなぜか次第に「ねえ君、これから僕と、待合へ行かない?」と言い始める。
「待合って、どんなとこ?」と聞くと、「待合(*7)って、料理屋のことさ。うまいものを食わす家だよ」との返事。承諾すると男はしきりに時間を気にしながら千束町(*8)の待合街へと好子を連れて行く。実は男、同僚三人と映画に来たが抜け出してお楽しみの後は何食わぬ顔で映画館に戻ろうという寸法でとにかく時間がないらしい。
到着した宿はなじみらしく、女将に「しばらくでございますのねえ」などと言われている。また客と宿屋で共謀して入口を閉められたらかなわないと思った好子、「お支度ができましたから。……」の女中の声に無理に別室に引っ張ろうとする男に対し、「私をダマシたんだね。死んでもいやだよ! さあ、帰してくれなきやァ、声一ぱいわめきますよッ!」と騒いではねのけた。辛くも魔の手からすり抜けたのだった。
(*7)待合 もともと「待合茶屋」といい芸者と客が待ち合わせる場所だったが、明治以降は遊興(酒や余興を楽しむこと)をしたり男女が密会する場所となった。なお、待合は料理を出さず料理屋から出前を頼むため、男性の言うことは嘘である。
(*8)千束町 浅草区千束町二丁目(現台東区千束)辺りを指すが、千束町は関東大震災までは私娼窟として有名だった。震災で壊滅した後もカフェーや銘酒屋、待合などはあったが活気がなくなった。
女優扱いしておだてる30歳前後の男性
第16回は電車の中から始まる。上野行きの省線電車に乗っていると横浜駅で飛び込んできた酔っ払い。好子に目をとめて手招きや変顔で歓心を買おうとする。新橋で降りるとついてきて、変なことはしないと約束して高級おでんの小料理屋に行く。男は最初こそ「妹をつれてきたよ」などと言っていたが、杯を重ねるうちに「今夜は僕のいう通りになり給えな」などと言って抱きすくめるので、好子は即座に店を出た。
歩いていると、今度は道を尋ねる30歳前後の男に捕まった。「失礼ですが、あなたは、京都の阪妻プロダクション(*9)にいらっしたでしょう?」と女優扱いをしてくる。人違いだというと自分は映画関係者に知り合いが多い、あなたを紹介することもできる、これから谷津(*10)のプロダクションに行ってみよう、と強引に好子を電車に乗せた。
しかし、乗ってみると行先は市川真間だという。男のなじみの旅館があるらしい。着いたのは午前1時半、2、3軒も断られてやっと入った一流旅館で、どうやって逃げようか考える好子。
(*9)阪妻プロダクション 端正な顔立ちの二枚目として人気を誇った、歌舞伎俳優の阪東妻三郎が立ち上げた、日本初のスタープロダクション。
(*10)谷津 千葉県習志野市谷津。当時、坂東妻三郎が設立した「大日本自由映画プロダクション」の所在地。