今後、戦争で核兵器が使用される可能性はあるのか。防衛研究所の高橋杉雄・防衛政策研究室長は「冷戦終結後、全面核戦争に発展する可能性のある地域的な紛争要因は事実上存在しない。ただし、台湾やウクライナなど中国とロシアが戦略上極めて重視している地域には、そのリスクがある」という――。

※本稿は、高橋杉雄『日本で軍事を語るということ 軍事分析入門』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。

ミサイルは日没時に空を狙っている。核爆弾、化学兵器、ミサイル防衛。
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人類の存続そのものが危ぶまれた米ソ冷戦

現代における戦争を考える上で、1つの基準点となるのが、冷戦期において想定されていた戦争である。米ソが激しく対立したこの時期、主要な戦場になると考えられていたのがヨーロッパであった。

東西に分断されていたドイツを主要な戦線として、米国を中心とするNATO軍と、ソ連を中心とするワルシャワ条約機構軍との全面軍事衝突が懸念されていたのである。NATO軍は通常戦力において量的劣勢にあり、その劣勢を補うために戦術核を戦場で早期に使用することが想定されていた。

米ソ双方とも、戦場で使うための戦術核に限らず、お互いの本土を攻撃するための戦略核も膨大な数を保有していたから、戦術核の使用は最終的に戦略核の使用にエスカレートし、米ソ双方による相手の本土への大規模な核攻撃が予測されており、その結果人類の存続それ自体が危うくなることが懸念されていた。

全面核戦争が起きる可能性は消滅した?

冷戦期の大きな特徴は、ヨーロッパに限らず、米ソが関与するあらゆる紛争で核兵器が使われるリスクが内包されていたことである。地域紛争がひとたび米ソ対決の文脈に関連づけられてしまうと、そこに米ソが介入する可能性が生じる。そして米ソの直接介入は、人類を絶滅させうる全面核戦争へのエスカレーションの可能性を内包することと同義だったのである。

その意味で、冷戦期においては、あらゆる地域的な紛争要因がグローバルな全面核戦争のリスクとリンクしており、人類滅亡の引き金を引く可能性があったのである。

しかしながら、冷戦の終結は、こうした戦略上の図式を大きく変化させた。米ソの全面核戦争の脅威が事実上消滅したことで、地域的な紛争要因と全面核戦争の潜在的なリンクが切断された。

事実、1991年の湾岸戦争や1993-94年の第1次朝鮮半島核危機においても、それが人類の生存を脅かすようなグローバルな全面核戦争へとエスカレーションする可能性は存在しなかった。逆に言えば、米ソの相互核抑止の「影」が地域的な紛争要因を抑え込むことがなくなった。その意味で、冷戦終結後の紛争はグローバルな対立構造から切り離され、純然たる地域的なダイナミクスに基づいて発生するようになってきている。