●「私」に問題が生じている場合

例「ある部下が、あなたの仕事にとって重要なレポートの提出期限を守らない」(図「行動の窓」(3)のエリア)

次に、受容できない相手の行動のせいで、私に問題が生じている場合はどうすべきか。「君は提出期限を守らなかったじゃないか! いったいどういうつもりか」などと相手を非難する「YOUメッセージ」ではなく、「私」を主語に自分の感情を伝える「Iメッセージ」を使うこと。そうすれば、相手の自尊心や互いの人間関係を傷つけずにすむ。

その際、相手の行動を批判的な言葉を使わずに描写し、それがどんな影響(金、時間、機会の損失)を与えたため、こんな気持ちになったと伝える。失望、心配など、表面的な怒りの下にある感情を正直に告白すること。それが相手の心を動かせば、行動変容を促すことができる。

たとえば、このケースだと、「君がレポートの提出期限を守らない(行動)ので、私の仕事に差し障りが出てこのままでは役員会議での発表に間に合わない(影響)そのため、とても困っているんだ(感情)」と本音を打ち明ける。つまり、感情的に怒りをぶつけるのではなく、具体的な影響(損害)を伝えることで、“相手に助けを求める”のだ。

とはいえ、部下に自分の内面をさらすことに抵抗を感じる人もいるだろう。だが、多様な個人が異なった価値観を持つ今、ひと昔前の日本のような“以心伝心”は望めない。言わなければわからないこともあるのだ。

また、本音の自己開示が相手を動揺させることもある。「他の仕事が忙しくて……あれくらいの遅れなら迷惑にならないと思っていたんです」という弁解や防衛的な態度が見られたら、すばやく「アクティブ・リスニング」にギアチェンジして、聴き手に回ることも忘れてはならない。「そうか、他の仕事がたいへんで、君も困っていたんだね」と、共感的な姿勢を示すのである。そして相手が落ち着いてきた頃合いで、再び「Iメッセージ」に切り替える。これを繰り返すことで協力的な行動を引き出すのである。

また「L.E.T.」では、ニーズが対立している場合の対処法として、上司の意見を押し付けるなどの「どちらか一方が勝つ」方法ではなく、定められた6つのステップに従い、解決策の選定と評価に当事者双方が公平に関与するやり方も教えている。

つまり、意思決定に部下を参加させ、双方が納得できるwin-winの解決策をブレーンストーミングで決めていくということ。上司の独断よりもいい解決策が見つけられるだけでなく、モチベーションが上がるという相乗効果も期待できる(これを「No-Lose対立解決法」と呼ぶ)。

今回紹介したゴードン・モデルは職場における上司と部下の関係のみならず、同僚や家族など、あらゆる人間関係で応用できる。また、これを親子関係に当てはめた子育てトレーニング「Parent Effectiveness Training」は、世界中で大きな支持を集め、日本でも「親業」の名で普及している。

ただし、理論を学び、研修を受けたからといって明日からコミュニケーションの達人になれるわけではない。まさに習うより慣れろ。“実戦”で繰り返し使うことで、スキルとして身についていくのである。