大半の難民は、生命の危険があるからではなく…

審査に通れば一定期間の滞在が可能になる。ただし、母国の状況が好転すれば戻ることが前提だ。片や審査に通らなかった人たちは、本来ならば出国しなければならないが、現在はそれがほとんど機能していない。

なお、誰もが難民になれるわけではなく、現在、シリア、アフガニスタン、イラクなど、本当に生命の危険があるとされている国以外の難民はチャンスが少ない。単に「生活が苦しい」では難民申請はできない。

ところが実際には、チャンスが少ない国々の生活苦に苛まれた人たちが、命がけでEUに侵入してきて、さまざまな理由で申請を行うため、収拾がつかなくなっている。前述の遭難船の乗客も、エジプト人とパキスタン人が多かったというが、どちらも、本来なら難民申請が受理されにくい国だ。

前述の“EU各国の難民政策の変化”とは、主だったものを挙げると下記のようになる。

スウェーデンはこれまで半世紀近く、来る者はすべて受け入れ、難民と移民はほぼ同意語だったが、現在180度の方向転換中。理由は治安の劇的な悪化だ。特に銃を使った犯罪が急増している。そこで、移民・難民の8割減を目指し、来年からは原則として永住権は与えない。

また、犯罪者や麻薬常習者はもとより、売春に関わった者、過激派と接点のある者などは、すでに与えた滞在許可も剝奪。帰化は特に難しくする。なお、これまで多くの移民や難民を受け入れていたデンマークも、すでにスウェーデンと同じ方針だ。

行き場のない難民を押し付け合っている

一方、EUの外壁に位置するハンガリーはセルビアとの国境に、EUの南方の飛び地ともいえるギリシャはトルコとの国境に、それぞれ柵を造った。ただ、ギリシャは海上でも、トルコ当局との間で、難民船の熾烈しれつな押し戻し合戦を展開している。それを一部のEU国が非人道的であると非難していたが、だからといってそれらの国々が積極的にその難民を手分けして引き受けるわけでもない。ギリシャにしてみれば、柵を造れないだけに、海からの難民は深刻な問題だ。

英国では法律が改正され、今後、不法入国者は難民申請ができないばかりか、見つかれば逮捕状なしに最大28日間拘束され、追放になるという(例外は18歳以下と病人など)。また、ドーバー海峡を越えて侵入する難民を防ぐため、フランスに5億4000万ユーロ(3年分)を提供し、厳重に監視してもらうことも決まった。

さらに、これまで中東やアフリカから一番多く難民が流れ着いているイタリアでは、現メローニ政権が難民そのものよりも、難民を運んで暴利を得ている組織の取り締まりを強化するという。ただ、彼らは国際的なプロの犯罪組織なので、そう簡単に尻尾を掴ませるかどうかは不明だ。

いずれにせよ、これまでドイツの主導もあり、難民の権利や人道を掲げ続けていたEUだが、今や受け入れ能力が限界を超え、治安が悪化し、国民の不満が膨張してきたことで、急速な仕切り直しが始まっている。