二者択一を国民に迫るのは、政治家の仕事ではない

いいかげんというのは、たとえば冷水と熱湯がいい加減で調整されているということです。それがいい湯加減ですね。

通商問題や、統治システムの問題の場合でも、同じです。どの程度まで国内産業を守るための関税障壁を設けるのが適当なのか。産業を活性化させるために、どの程度までなら自由貿易にすべきなのか。

あるいは、現在の状況から考えて、政府がどの程度まで、市場に関与すべきなのか、どの程度まで市場原理にすべきなのか。

この問題の答えは、一億三千万人の国民が、どうしたら幸せに生き延びていけるかを考えることで、自然に定まってくるだろうと思います。あるいは、それを考えるのが政治家の役目であるはずです。

二者択一を国民に迫るというのは、政治家の仕事ではなく、どちらか一方の利益代表者による恫喝に近いものだと思います。

「ほどほど」とは「意識しなくてよい」ということ

さて、適当とは、どの程度なのかということですが、私は、それは「制度を意識しなくてもよい」程度だと考えるようにしています。

お風呂に入って、湯の温度を意識しなくとも、気持ちがいいと思えるのが、いい湯加減だということです。

料理の塩加減でも、同じです。塩の味を意識しない程度がよい塩加減です。

それを、二者択一で、熱いのがいいのか、ぬるいのがいいのか、辛いのがいいのか、薄味がいいのか、さあ、どちらかを選べと言われると、私は「選ばなくてはならない」という強制された気持ちになります。私たちは、自分たちが自然に行動していて、制度の枠組みや、法律や規則を意識しなくてよいような状態のなかで、自由を感じることができるというのが理想です。

とはいえ、制度や規則を決めて、書いておくことが不要だと言いたいわけではありません。何事も、無制限というわけにはいかないので、許容できる範囲というものを文書として書いておくわけです。