岸田文雄首相の長男・翔太郎氏が首相秘書官を辞職した。昨年末、親族らを首相公邸に招いて忘年会を開催したと『週刊文春』が報じたのがきっかけだった。岸田政権はこれからどうなるのか。ジャーナリストの鮫島浩さんは「翔太朗氏の更迭の背景には、全責任を翔太郎氏になすり付けようとする岸田首相の意図が透けて見える。支持率のさらなる低下は避けられない」という――。
首相官邸を後にする岸田文雄首相(手前)。左奥は岸田翔太郎首相秘書官=2023年4月20日、東京・永田町
写真=時事通信フォト
首相官邸を後にする岸田文雄首相(手前)。左奥は岸田翔太郎首相秘書官=2023年4月20日、東京・永田町

G7広島サミットで急上昇した内閣支持率の暗転

首相公邸で昨年末に催された岸田一族の大忘年会が「公私混同」として強烈な批判を浴びている。G7広島サミットで急上昇した内閣支持率は急降下し、「岸田外交」で稼いだ貯金を瞬く間に費消してしまった格好だ。

今なら勝てるとして自民党内で高まった「6月解散・7月総選挙」論は急速にしぼみ、岸田文雄首相は一転して窮地に陥った。

大忘年会がここまで批判を浴びたのはなぜか。身内のスキャンダルに足元をすくわれた岸田政権はどうなるのか。岸田政権は大きな転期を迎えたといっていい。政局を大きく動かした一連の騒動を俯瞰ふかんして分析しつつ、今後の政局を大胆に展望してみよう。

「首相公邸で大ハシャギ」の文春砲で一転

はじまりは5月24日の文春オンラインのスクープだった。岸田首相の長男翔太郎氏が昨年12月30日、従兄弟ら親族を首相公邸に招いて大ハシャギしたという内容だ。

翔太郎氏と同世代の若者たちが、新閣僚が並んで撮影に応じる赤絨毯の階段に寝そべり、さらには「閣僚ごっこ」をして記念撮影する様子を撮影したスクープ写真の数々は、世襲政治家一族の公私混同ぶりを浮き彫りにした。

翔太郎氏は岸田政権発足から一年を迎えた昨年10月、31歳の若さで首相秘書官に抜擢された。世論は「縁故人事」として激しく反発し、内閣支持率は急落。年明けには翔太郎氏が首相外遊に同行した際、パリやロンドンで公用車に乗って観光地や高級デパートを巡ったことが発覚。岸田首相が「公務だった」とかばったことで世論の怒りは過熱し、内閣支持率は続落したのである。

翔太郎氏は岸田政権のアキレス腱となった。

G7は「息子を隠し、妻を担ぐ」戦略は成功したが…

岸田首相は翔太郎氏に地元の広島サミットの下準備を担当させ、表舞台から遠ざけた。代わって裕子夫人を全面に打ち出し、首相夫人としては初めてとなる単独訪米でバイデン大統領夫妻と面会させ、自らの訪韓にも同伴させて尹錫悦大統領の夫人と親交を深めさせ、サミットでは裕子夫人が各国首脳の配偶者をもてなす「もうひとつの広島サミット」を演出した。

「息子を隠し、妻を担ぐ」戦略は見事に的中し、マスコミはファーストレディー外交を好意的に報じて内閣支持率は急回復。菅義偉前首相ら反主流派が年明けに仕掛けた「岸田降ろし」の動きはすっかり影を潜めたのである。