永田によれば、オセロの喜びは好きな女性を口説き落とす喜びに近いという。意中の店を口説き落とした瞬間、えもいわれぬ達成感が訪れる。相手が高嶺の花であればあるほど、達成感も大きい。

「正直言って、飛び込みをやる営業マンってそんなにいないです。効率悪いし、緊張するし、単純に怖い。でも、飛び込みでオセロするとヤバイです。達成感というか、本当に快感中の快感ですね」

おそらく永田の飛び込みマインドには、「ザ・プレミアム・モルツ」を売り歩いた先輩たちの後ろ姿が大きく影響している。なぜなら、永田の所属する東京支社第二支店の前身はプレミアム営業部という名前の「飛び込み専門部隊」だったのだ。

プレミアムモルツの販売に注力するためにつくられたこの部隊は、銀座、六本木、西麻布など老舗や繁盛店の集中する地域に的を絞り、文字通りの飛び込み営業でオセロを仕掛けていったのである。

プレミアムモルツが登場するまで、サントリーのビールの評価は低かった。しょせん「ウイスキー屋のつくるビール」と言われ、高級な飲食店では扱わないのが普通だった。その常識を次々とオセロし、悲願のビール事業黒字化に大きく貢献したのが、このプレミアム営業部なのだ。永田はその血脈に連なっている。

むろん永田は、闇雲にオセロを仕掛けるわけではない。ここぞと惚れ込んだ飲食店に狙いを定め、スナイパーのように確実に落とす。永田が見るのは、人だ。

「3年以内に潰れてしまう飲食店さんが圧倒的に多い中、健全に成長する企業さんはやっぱり社長や従業員の方の考え方が違います。生き残るのは、食材にこだわって原価ギリギリで出しているような真面目なお店です。そういう、自分が本当にいいと思ったお店をオセロするには、紹介ではなく、飛び込みしかないんです」