ウイスキー需要が盛り返し始めた。主役はウイスキーのソーダ割り、ハイボール。サントリー「角瓶」のハイボールを扱う飲食店は2008年末に1万5000店だったが、09年内には6万店を突破する勢いという。
東京第2支社の中堅チェーン担当、山岡哲丸(36歳)は、うち100店超を開拓した凄腕だ。
「昔はウイスキー1に対してソーダ2.5が普通でしたが、いまはやや薄めのハイボールが受ける。09年秋に1対4で出すようにして急に普及しましたね」
立て板に水で説明すると、山岡は茶目っ気たっぷりに「大きな声ではいえませんが、お店の利益率も高いんですよ」と付け加えた。緩急巧みな、思わず引き込まれそうになる話術だ。
最初の顧客訪問ではリサーチに徹し、商品の話はしない。「酒を飲んだり事務所へ訪ねたりして、仕事と関係ない話をする。私という人間を知ってもらい、同時に相手を知るんです」
ここからが山岡の本領発揮。営業の提案資料はお仕着せのパンフレットを使うのが普通だが、山岡は「訪問で得た情報をもとに、午前中いっぱい、ときには一日中デスクに座って商談シート(提案書)をつくります」。
A4判3枚から、相手によっては、10枚にもおよぶ力作だ。
価格条件だけではなく、顧客のニーズに合わせグッズ類の提供やメディア露出まで含めた販促支援をわかりやすく提示し、取引のメリットを訴えるもの。
次の訪問はきっちり一時間。手間ひまをかけた商談シートを示し、顧客にずばり刺さるセールストークをぶつける。山岡はこれを「紙芝居」と呼ぶ。おかげで見込み客には一撃必中、「きわめて高い」打率を誇る。
もし一時間で相手が乗ってこなければ、そこで商談は終了だ。
酒類メーカーの営業は顧客を何度も訪問して交渉するスタイルが主流である。しかし山岡は、顧客訪問は繰り返しても、商談自体は基本一回と決めている。
「叩いて響かない鐘は鳴らないんです」という。一日かけて考え抜いた提案に乗ってこない見込み客を深追いしても、結局は価格やサービス面で無理をしなければならない可能性が高い。
「それなら他のお客様に時間を割くほうがよほど効率的です」
数年前、後輩を指導する立場になって以来、チームのために心がけていることがある。できないことは「NO」と顧客に対してもはっきり伝えることだ。
「自分しか対応できない無理難題にすべて応えていると、後輩や同僚に引き継ぐときに、膨大な手間がかかってしまいます」
山岡は最近、提案書のノウハウ開示にも踏み切った。準備に時間をかけることで「打率」を上げる。その打法をチーム全体で会得するのだ。達人の流儀を共有化することで、山岡のチームはもう一段の高みに上ることができるだろう。
(文中敬称略)
※すべて雑誌掲載当時