無事を祈る家族に「登山道具の確認」を頼むワケ
また、ご家族に「家の中で、登山道具などを確認してほしい」とお願いをすることもよくある。これには主に2つの理由がある。
まずは、ご家族に落ち着いてもらうため。何か作業をすることで、徐々に気持ちも整理されてくるし、「山に入らなくても、自分も捜索の役に立っている」と思ってもらえる。中には登山経験がないのにもかかわらず、自ら山に入って捜索を行おうとするご家族もいる。精神的に混乱しているご家族が山中に入れば、冷静な判断ができず、時に二次遭難を起こしてしまいかねない。ご家族の気持ちを方向転換することで、二次遭難、三次遭難を防ぐ効果もある。
また、自宅に残された登山道具や地図、登山に関わる書籍などの確認作業は、ご家族だからこそできることだ。ご家族にしかできない役割を担ってもらえたら、という気持ちもある。
Mさんは常にストックを握って登山をしていた
Mさんについても、ご家族から登山中の写真を見せてもらい、これまでどんな山に登っていたのかなどを伺った。登山経験はそれなりにあり、いつもひとりで山に行く。秩父三十四ヶ所観音霊場巡りをしていて、行方不明になった秩父には何度も足を運んでいた……。
中でも私が注目したのは、Mさんが手に持っていた「ストック」である。写真を見ると、Mさんはどの山に登る時にも、必ず両手にストックを握っていた。手がふさがっていてはクライミングのように岩を登ったり、ロープを伝ったりすることはできない。Mさんは難所の少ない一般登山道を登るタイプなのだと推測した。
秩父槍ヶ岳の尾根は数本あるが、どれも急峻な地形で、尾根と尾根の間はV字の谷のような状態だ。そして、谷の底には沢が流れている。
山頂へ行くためのルートもいくつかあるが、整備された登山道はひとつだけ。沢沿いから登山道が始まり、尾根に登り、稜線に出て登頂するというものだ。Mさんが自宅へ残した地形図にも、この一般登山道がルートとして記されていた。