※本稿は、郷原信郎『“歪んだ法”に壊される日本 事件・事故の裏側にある「闇」』(KADOKAWA)の第5章「交通事故の加害者が“つくり出される”とき」の一部を再編集したものです。
事故原因の「真相」は正しく解明されているのか
交通事故の原因には、加害者、被害者の不注意・過失という人的要因と、事故車両の不具合という物的要因の両面がある。前者の人的要因に関しては、警察による事故現場の検証と当事者からの聴取などによって事故原因の特定が可能だ。しかし、運転者側の訴えで「自動車の不具合」という要素が加わる場合、事故原因の特定は様相が異なる。
このような事故においても、警察が行う自動車運転過失致死傷罪の刑事事件の捜査によって、事故原因の「真相」が正しく解明されていると言えるのだろうか。
戦前や戦後間もない頃であれば、自動車の性能に問題があり、自動車の不具合によって事故が起きることも珍しくはなかった。その頃は、交通事故が発生したときには、人的原因と車両の側の要因の両面から事故原因の究明が行われていたはずだ。
しかし、車の不具合が原因で事故が起きたとしても、運転者には、運転前の点検が義務付けられているので、そのような不具合のある自動車を運転したことについて運転者の過失は否定できないのが原則だった。
その後、自動車の性能が飛躍的に進歩し、車の不具合によって起きる事故は殆どなくなり、基本的に事故原因は人的要因だけを考えれば足りるようになった。
もし、車載コンピューターにバグが発生したら…
しかし、最近の自動車の多くは、コンピューター制御が導入されており、もし、その制御自体に不具合が発生した場合には、運転者側の点検でその不具合を事前に知ることも、事故を防止することも困難だ(二〇二四年一〇月から、こうした“目に見えない故障”について、車検でOBD〈On Board Diagnostics、車載式故障診断装置〉診断を義務化し、車載の電子制御装置の一定の故障を検出した車の車検を不合格にできるようになる予定であるが、全部の不具合を診断できるわけでも、走行中のリアルタイムでの故障を診断できる訳でもない)。
実際に、コンピューターにバグが発生することを完全に防止することはできないし、いつ問題が起きるかもわからない。運転手が事故直後から「車の不具合」を主張して過失を否定している場合も、日本では、警察が製造メーカーに事故車両を持ち込んでその不具合の有無を検証させるのが通例だ。
仮にコンピューターによるバグが原因の暴走だった場合、その痕跡は事故車両のコンピューターの内部にしか残らない。