好調な米豪農業と日本の酪農バブル崩壊

私は、2月から3月にかけて農業先進国であるアメリカやオーストラリアの政府や民間主催の食料・農業フォーラムに出席した。あるセッションでは、メインの報告者ともなった。これもアメリカのホテルで書いている。

そこで見聞きしたのは、まず2022年はこれらの農業にとって記録的な収益を上げた年だったということである。逆に、これらの国から穀物を輸入してエサとする日本の酪農や畜産は、2021年までは穀物価格の低迷により大きな利益を得ていた。

2021年までのバブルの実態

次のグラフは、2017年と2018年について、民間の平均年収(給与所得者の所得)を100として、農家所得(収入-費用)と比較したものである。民間の平均年収は2017年432万円、2018年441万円である。

【図表】業種別の農家所得の比較(民間平均年収=100)
出典=農家所得:農水省「営農類型別経営統計(個別経営)」、民間の平均年収は国税庁「平成30年分民間給与実態統計調査結果について」より筆者作成

繁殖牛を除いて、ここに挙げた業種の農家所得は民間の平均年収の倍以上である。酪農や養豚の大規模経営では、2017年は民間の平均年収の11~16倍である。

畜産のように規模が大きい農家が多数を占める場合では、農家経営や農作業は複数の従事者で行われることが多く、またそれぞれの農業従事者が均等に作業を行っているわけではない。したがって、他産業の勤労者所得と農家所得を単純に比較することは適当ではないかもしれない(※2)

※2 ただし、酪農(100頭以上)や養豚(2000頭以上)の大規模農家は家族3人が働いている(生産費調査)ので、4200万の農業所得の場合一人当たりは1400万円となる。一家のうち3人もこのような所得を挙げている家計は、東京でも極めて少ないだろう。

このため、個別経営(法人経営を除く)の家族労働一時間当たり農業所得を他産業の単位時間当たりの給与(時給)と比較してみよう。

民間の平均時給は2017年2133円、2018年2205円である。繁殖牛と2018年の都府県の酪農を除いて、民間の平均時給を上回っている。ここでも、酪農や養豚の大規模経営では、所得が低下した2018年でも民間の平均時給の倍以上となっている。酪農では、全国平均2509円(3007円)、北海道では平均3050円(3778円)、100頭以上層4647円(5256円)、都府県では平均2069円(2488円)、100頭以上層5763円(7540円)である。いずれもカッコ内は2017年の数値である。

【図表】業種別の労働時間当たり農業報酬(民間平均時給=100)
出典=農家所得:農水省「営農類型別経営統計(個別経営)」、民間の平均年収は国税庁「平成30年分民間給与実態統計調査結果について」より筆者作成

2019年日米貿易協定交渉妥結後、ある新聞記者が酪農家を訪問して、TPPや日米貿易協定で経営が大変になるという酪農家の声を紹介していた。しかし、乳製品の中で市場が解放されるのはホエイやプロセスチーズ用のナチュラルチーズであって、国産の生乳の仕向け先としては微々たるものである。主要な乳製品であるバターと脱脂粉乳の関税は削減もされない。

影響があるでしょうと聞かれて、いや影響なんてありませんよと答える農家はいない。

この時、北海道酪農の実態を知っている新聞記者は、「いま酪農バブルといわれてますが、北海道で酪農バブルなんて記事は書けませんよ」と私に言っていた。2022年に起こったことは、日本の酪農にとって、このバブルが弾けただけなのだ。