罪を犯した不法滞在者が野放しになっている
――列車衝突事故を起こしたボドイに下された処罰は、列車を転覆させた「過失」と無免許運転で、計40万円の罰金だけでした。しかも、未決勾留日数のうち、その一日が5000円換算となったので、逮捕から結審まで4カ月が経過していたこのボドイは実質的には何のおとがめもありませんでしたね。
【安田】一歩間違えれば、2005年のJR福知山線脱線事故(乗客と運転士合わせて107名が死亡、562名が負傷)に匹敵する大惨事になってもおかしくありませんでした。処罰として軽すぎる印象はあります。当然、保険には入っていませんし、返済能力もゼロに等しいので被害側には賠償金も支払われません。
――もはや防ぎようのない災害のようにも感じてしまいます。このボドイは釈放後、ベトナムへ帰国したみたいですが、国に帰らずにそのまま日本で暮らし続けるボドイもいるんですよね。どうしてこんなことになってしまうんでしょうか。
【安田】特にコロナ禍が深刻だった時期には帰国する飛行機がなかったこともあって、日本で不法滞在者が飽和していて、かなり大きな罪を犯したボドイでも入管が受け入れられない状態になっていた。そうすると仮放免になるんです。ケタミンとMDMA所持かつオーバーステイで捕まったボドイが仮放免で普通に出てきて、北関東のボドイハウスで何事もなかったかのように暮らしているのを取材したこともありますよ。
“国際貢献事業”が生み出した人災
――とはいえ、技能実習生に頼らないことには日本の労働力は明らかに足りないですよね。私たちや日本の社会が考えるべきことはあるでしょうか。
【安田】まずこの問題が遠い国ではなく自分たちの国で起きていることだと認識することです。本書は北関東のボドイを主に取り上げていますが、田舎であれば日本全国どこでも起こり得ることです。でも、彼らの労働力が存在しなければ、日本の社会が「先進国」であり続けることはもう無理です。
ただ、そのコストとして、今後はより多くの人が亡くなったり、多くの財産が失われたりするような大惨事が起こる可能性が高いとみています。私を含めて、田舎から東京に出てきた人であれば、自分がかつて生まれ育った故郷が荒廃して、ボドイの世界に変わっていく現実にも向き合わなくてはいけない。その問題意識は感じてほしいと思っています。
もし、彼らが初めから犯罪や政治的な破壊工作を目的として偽造パスポートで密入国しているような、マフィアやスパイであれば、当局が本気になれば止められるはずです。しかし、ボドイが生まれる理由は、ほかならぬ日本国家の政策にあります。技能実習というシステム自体が実質的には単なる労働者の補充機能であり、名目と現実がかなり乖離した矛盾多き制度であるので、そこから生まれてくる「鬼子」的な存在であるボドイに関しても、国は抜本的な対策を取りづらい。
慢性疾患の高齢者が、ある病気を根治しようとすると体に別の不具合が出てしまい、逆に寿命が縮んでしまうようなものです。ボドイ問題は、老いて弱くなった日本社会の慢性疾患から生じた問題かなと感じています。ゆえに根本的な解決策は「ない」。(後編に続く)