建築のド素人がなぜツリーハウスをゼロから作れたのか

聞けば、幼少時に読んだ絵本に登場したツリーハウスへの憧れがそもそもの始まりだという。秘密基地のような存在にワクワクする経験は多くの子どもたちがしているが、たいていはそれで話は終わる。だが、菊川さんは見事に「形」にした。幼い頃の思いを、プランを立て、完成させるまでにはどんなプロセスがあったのだろうか。

「ベンチャーを立ち上げてからは仕事仕事の毎日。少し余裕ができた40代の終わりに、自分の中のウィッシュリストに、いつかツリーハウスホテルをやりたいという項目を入れたんです。

ちょうどその頃(16年前の2006年の年末)に、東南アジア・ボルネオ島のコタキナバルへ野生のオラウータンを見に家族で旅行したとき、原生林をパームヤシ畑に変えてビジネスする姿をみて強い衝撃を受けました。

『これではいずれ熱帯雨林がなくなり、地球の温暖化促進され、生態系も崩れてしまう』と感じたんです。それを防ぐためにも、森を利用したツリーハウスリゾートをつくろう。森も守ることができるし、雇用も生むことができる。これで世界は救われるのではないか。森のまま生かしたビジネスをして、自然と共存したい。そんなことをぼんやりと考えていました」

スパイラルツリーハウスには2人まで宿泊可能だ
撮影=山本貴代
スパイラルツリーハウスには2人まで宿泊可能だ

それから6年、ツリーハウスをゼロから作る思いが固まってきた頃(2013年)に、長女の万葉さんが学んでいたアメリカ・マイアミ大学の卒業式に参列したついでに中米コスタリカにあると聞いたツリーハウスホテルを訪ねた。

当時は、まだ日本にちゃんと人が寝泊まりできる本格的なツリーハウスはなかった。ましてやツリーハウスを洗練されたホテル仕様にしているところは世界でも珍しい、だから、自分が日本で初めてのツリーハウスホテルを作ろうと決心したという。

アジアの高級ホテルのような「エアロハウス」。
撮影=山本貴代
アジアの高級ホテルのような「エアロハウス」。
昼寝スペースでは、森の中に寝転んだような気分に
撮影=山本貴代
昼寝スペースでは、森の中に寝転んだような気分に

日本に戻って最初にしたこと、それはホストツリーとなる大木探しだ。建物を支えるような大木は、山奥にしかない。東京と沖縄を行き来しながら不動産業者とやりとりし、大木と土地を足を棒にして探し歩いた。何度も原生林を歩き回った結果、ようやくすばらしい大アカギの木が見つかり、1万坪の土地も手に入れた。

舞台は整った。だが、ここからが試練の連続だった。