省人化を加速させた呼び出しボタン
前段で迷惑行為自体は新しい問題ではないと述べたが、一方で、近年の飲食店は、かつてよりも迷惑行為が発生しやすい形になっていると言える。それは、店のスタッフや他の客の視線を感じにくい客席づくりが一般化していることによる。
たとえば、最近の多くの飲食店は、お客がスタッフを呼ぶための仕組みを備えているが、これは1990年代にファミリーレストランの「ガスト」が、客席に呼び出しボタンを設置したのが嚆矢となる。
呼び出しボタンは今でこそ普通のものだが、当時これは非常に過激な装置と見られていた。というのは、それより前のファミリーレストランでは、客席のスタッフは常にお客一人ひとりに目を配り、何かあれば呼ばれる前に向かうことが美徳であり常識とされていたからだ。ところが、外食業界のリーディングカンパニーであったすかいらーくが導入したことで一気に普及し、レストラン業界の常識が変わった。
この種の仕組みは店側の省人化につながる一方で、お客も確実にスタッフを呼べると歓迎された。加えて、呼び出しボタンは「スタッフの目の届かない客席があっても問題がない」という認識を生み、個室タイプの居酒屋の登場にもつながった。また、完全な個室としなくても、背の高いパーティションで客同士の視線をさえぎることもできるようになった。
公共空間である飲食店をプライベート空間と誤認
さらに、タッチパネル等によるセルフオーダーシステムの導入が進んだ結果、客席スタッフがお客のそばに来る回数は段違いに減った。
このように、“ひとの目”を感じにくい客席が普及した結果、お客はスタッフの視線を気にすることなく、自分の座っている席をプライベート空間のように感じてくつろげるようになった。だが一方で、公共空間である飲食店をプライベート空間と誤認したお客が人前ではやらないようなことをやってしまうという新たな問題を引き起こした。
とくに回転寿司の場合は、もともとお客が自分で商品を選んでピックアップするセルフサービスの仕組みである上、タッチパネル等によるセルフオーダーシステムの導入も進んでいる。さらに、ファミリータイプの回転寿司ではレーンにボックス席を横付けするタイプも多い。“ひとの目”を感じにくいレストランの代表的な存在と言えるだろう。
また、回転寿司以外でも、外食チェーンの多くが配膳などにロボットを導入する動きを加速させている。お客が自分で席を選んで座り、タッチパネルでオーダーし、ロボットが配膳と下膳を行い、飲み物はドリンクバーでセルフサービス、会計はセルフレジといったレストランも多い。そこでは、お客が店の中で一度もスタッフと顔を合わせないということもあり得る。したがって、状況的には、迷惑行為発生のリスクを抱えた店は増加していると言えるだろう。