50%の債務削減が元の木阿弥になってしまう

このようなモラルハザードを防止し、財政規律をはじめとするマーストリヒト条約で決めたユーロ導入のための経済収斂条件を遵守させるために、ユーロ圏にとどまるにふさわしくない国はユーロ圏から離脱させるというペナルティ規定として離脱ルールを、ユーロ導入前から導入しておくべきだったと筆者はすでに指摘している(日本経済新聞「経済教室」11年8月26日朝刊)。以下で説明するように、ユーロ圏から離脱することによって危機的な経済状況は一層深刻化する。そのことを財政危機国の政府や国民が合理的に理解していれば、ユーロ圏からの離脱ルールはモラルハザードを抑制することに作用すると期待される。その期待が裏切られると危機的状況を一層深刻化するリスクを抱えているものの、一方でモラルハザードを抑制して、財政規律を醸成することによって、財政危機自体も抑制できたかもしれない。その意味で両刃の剣となるかもしれないが、モラルハザード抑制と財政規律確保を通じてユーロの安定に寄与したであろう。ユーロ導入のための経済収斂条件と財政規律確立のための安定・成長協定の厳格な適用とともに、このユーロ圏離脱ルールが規定されていれば、ギリシャの財政危機とそれによるユーロの混乱は生じなかったであろう。

もしギリシャがユーロ圏から離脱して、ユーロ導入前にギリシャ国内で流通していたドラクマを復活させたとしたならば、ドラクマがユーロに対して暴落することは必至である。その場合には、大量に抱えるユーロ建て債務、とりわけユーロ建てのギリシャ国債のドラクマ建てで評価した負担額は相当に増大することが予想される。すでに決まっている50%の債務削減も元の木阿弥になってしまうかもしれない。ドラクマがユーロに対して半分以下に減価してしまうと、換言すれば、ユーロがドラクマの2倍以上の価値になってしまうと、せっかく債務削減したギリシャ国債の負担額がドラクマ建てで増大する可能性もある。そのときには、既存のギリシャ国債の元利払いがドラクマ建てで膨らみ、ギリシャの国家財政の中の国債費を一層増大させることとなる。そのような事態になれば、ギリシャの国家財政の再建はますます難しくなる。

ドラクマがユーロに対して暴落して、前述した理由からギリシャの国家財政の財政再建が遠のけば遠のくほど、ドラクマの減価が将来にわたって続くと予想される。その場合には、ドラクマ建て資産の金利は上昇するものの、内外の投資家にとってどれほど魅力的な資産運用対象になるかは定かではない。さらに、すでにギリシャ国内銀行からの預金流出が起こっていると報道されているが、ギリシャ国内の預金者は一層、ドラクマ建て預金を保有することを避けるであろう。そうなれば、ギリシャ国内の銀行への取り付けが発生し、信用不安からギリシャ国内における金融危機が深刻化する。それはまたバランスシートを棄損したギリシャ国内の銀行への資本注入を必要として、ますますギリシャ政府の財政負担を増大させ、財政再建が絶望的な状況になりかねない。

もしギリシャがユーロ圏を離脱するならば、このようにギリシャの国家財政の財政再建が一層困難となるだけではなく、ギリシャ国内における金融危機も伴いながらギリシャ国内の経済状況が一層悪化し、混乱させることになる。そのような事態になることをギリシャ国民が冷静に合理的に理解することになれば、ギリシャ国民はギリシャがユーロ圏を離脱することが適切な選択肢ではないことを理解できるであろう。さらに、ギリシャにとってユーロ圏にとどまることとともに財政再建が必要であることがギリシャ国民に理解されることが望まれる。

一方、ギリシャをユーロ圏から離脱させることは、ユーロ圏諸国やEU諸国にとって問題の解決になるのであろうか。リスボン条約にユーロ圏から離脱させる規定が明記されていないことからギリシャ(財政再建を行おうとしていた前の政権というよりも財政再建の痛みを避けようとする国民)がモラルハザードを起こしていることに対して、そのモラルハザードを止めるために「最後の手段」としてユーロ圏から離脱させるということも確かに一つの選択肢かもしれない。しかし、その選択肢の帰結は、前述した一層の危機的状況にギリシャを追い込むことである。確かにギリシャをユーロ圏から離脱させることによって、ギリシャと完全に手を切ることができれば、すべての問題はギリシャのみの問題となるであろう。しかし、それが可能であろうか。