この「現場が大事」という信念を持つようになったのは、ある経験が原点にあります。入社したての頃、英国の毛織物など紳士用の仕立生地を輸入する部署にいた。当時は英国物の毛織物というのが高級品の代名詞でしたが、英国の毛織物メーカーには非常に硬い名前のものが多かった。問屋さんには売れていましたが、もっと売るために何かできないかと考える日々でした。そんなとき、帝国ホテルで銀座の英國屋の展示会があって、そこで見た光景でひらめくものがあった。
紳士用のスーツを買うのは男性ばかりと思っていたが、男性客はテーブルに座って営業マンと話している。そこへ奥さんやお嬢さんが生地のサンプルを見せに来る。それを見て、実際のスーツ選びの決定権は女性にあることがわかった。選んでいるのは男性という先入観があって、生地はグレーも紺もほとんどが無地。これは堅苦しい名前よりも、女性が好む名前を付ければもっと売れるに違いないと思った。それで、メーカーやサンローランと仕立て用の英国の紳士服地に「イヴ・サンローラン」と付ける契約をし、サンローランが選んだ生地の輸入を始め、ものすごく売れた。これが伊藤忠がブランドビジネスを始めた原点なんです。
しかし、現場でお客さんから話を聞いたり自分の肌で感じたことは、自分なりに検証する必要があります。例えばブランドでも自分が思いついて、このブランドがいいだろうと考えるのは仮説です。その考えを「どうですか」とお客さんのもとへ聞きに行く。それで、「いや違う。こっちのほうがいい」と言われたら、今度はそれを持ってほかへ行く。その結果、お客さんが言ってるのはこれだなという結論になる。仮説だけで商いはできません。そのあとの検証が重要なんです。
「絶対に彼から買わん」
だから、営業では会話が上手、話が得意といったことはあまり関係ない。相手を説得して売り込む営業では、販売高は知れています。「イヴ・サンローラン」の話ではないが、やっぱり売るための仕組みや仕掛けをどうするかという発想と検証が大事なんです。
それと、最初に意表をつくことで営業がうまくいくこともある。これは何も相手をびっくりさせる意味ではなく、意表をつくことで相手の心をつかみ、信頼関係を築くことができるからです。