「知らんわ。あんなとこ家ちゃうし」

「まあ、言いたくなかったらええんやけど。家帰らんの?」
「知らんわ。あんなとこ家ちゃうし」

彼女はそういうと黙り、繁華街を歩く人々を見ている。スーツ姿で腰掛けるわたしと、そのわたしにくっついて座る彼女との組み合わせ。道行く人々はちらりとこちらを見ると、わたしたちをよけて歩き去っていく。

雨の夜の人々
写真=iStock.com/shadrin_andrey
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しばらく話していたら、彼女は「ああ、つかれたわ、ほんま」と、いきなりわたしの膝に頭をのせた。通行人の刺すような眼が気になる。とはいえ彼女を追い払うわけにもいかないし、どうしたらいいのだろう。いま警察を呼べば、とたんに彼女は逃げていなくなるだろう。わたしは彼女に膝枕を貸したまま、途方に暮れてしまった。

「なあ。ずっと家帰らんのやったら、君はどうやって生活しとん」

わたしの膝枕から彼女が応える。

「男に金もらったり、ホテルに連れてってもらったりして。そこでご飯食べたり、風呂はいったりしとんねん」
「なあ……そのうち襲われるで。いや、セックスのことやない。殴られたり蹴られたりな、お金とられたり。それと病気うつされてまう。妊娠してまうかもしれんぞ。誰か友だちおらんのか?」
「おるよ。いっしょに集まったりするよ」
「そいつら、君のこと心配しとうやろ?」
「さあ……してへんよ。みんな同じことしとうし。みんなで集まってな、そこからそれぞれ行くねん。男と別れたら、また集合する」

助ける方法を必死に考えて

「みんな」同じことをしているが、おたがい誰のことも心配しないらしい「みんな」。わたしの言葉に応じる彼女は、わたしのことをいちおう信用してくれたのかもしれないが、潜在的にはわたしへの警戒を怠っていないかもしれない。それと同じように、彼女は自分と同じ境遇の友人たちを、友人ではあるがしょせんは他人と捉えているようだった。友人たちも客の男たちも、わたしも同じ。いつ裏切られるか分からない。最後に頼れるのは自分だけ。そういう「みんな」。自分以外の全員、当然わたしも含んだ「みんな」。

わたしはそっけなく話すふりをしながら、頭はフル回転させていた――落ち着け。彼女を助ける方法を考えろ。考えあぐねた結果、わたしは話が通じそうな同僚に電話をかけてみることにした。もちろん彼女に許可はとった。

「そいつなら君のこと、なんとかしてくれるかもしれへんから」
「うん、ありがとう」

彼女は素直にうなずいた。