解放するなら完全に解放してほしい

ちょっとごめんと断りを入れて、和室を出て廊下で夫に連絡を入れたが、何回呼び出しても夫は携帯に出なかった。そのうち、無性に腹が立ってきた。数年ぶりに、ようやく子育てから解放され、仲のよい友達とこうやって旅行に来たというのになぜこのタイミングで? 一体、何の用事?

家のなかの雑事はすべて片づけてきた。1泊するから、子どもたちの着替えもきっちり揃え、冷蔵庫は作り置きの惣菜で満タンにしてきた。それなのに、なぜ? 何十回かけなおしても夫は携帯に出なかった。そしてうどんはやってきたのだが、まったく味がわからなかった。友人は、そわそわしている私を心配して、事情を聞いた。

「着信があったんだけど、かけ直しても出ないんだよね」

「家から出るときは、事故とか事件以外で、絶対に連絡を入れないでって言って出たほうがいいよ。なんでかっていうと、旅に出ている人に対して用事もないのにどーでもいい電話をかけてくるタイプの家族っているんよ。それも、醤油どこ? とか、洗剤どこ? とか、ほんまにしょーもないねん。大して探しもせずに、マヨネーズ、どこ? とか聞いてくるねん」

確かに友人の言う通りだった。1時間後にようやく携帯に出た夫は、一体なにごと? と問い詰める私に、のんきに、私の母から家に電話があったと言った。だから何? それ、いま必要?

この日がきっかけとなって、いまでも、たとえば仕事で東京に行ったり、地方に出かけたりするときは、事件・事故以外の連絡はしないことを徹底してもらっている。イベントがあるときは、イベント開催時間を知らせて、決して連絡を入れないでくれと頼んである。夫には神経質だと言われる。確かにそうかもしれない。人間が小さいと言われる。そうかもしれない。それでも、旅先の私には連絡を入れないで欲しい。解放するなら、完全に解放してほしい。醤油ぐらい自分で探してほしい。

実はけっこうサボっている

ハードワーカーのイメージを持たれているようだけれど、実はけっこうサボっている。何せ集中力が続かないのだ。それに、書くという仕事は、書くぞ! と張り切ったらできるとか、徹夜すればできるとか、そういうわかりやすい成功パターンがあるわけではない。頭のなかに書くことが浮かんでこなければ、いつまで経っても仕事は終わらない。そして素晴らしい文章なんて、滅多に浮かんではこない。待っている時間が相当長い。

翻訳は原書というお手本があるから、必死に訳し続ければゴールはやがて見えてくる。もちろん、1冊の本を翻訳するという作業には複雑な工程があるから簡単な作業ではない。むしろものすごく大変だから、精神的にも肉体的にも、奪われるものは多い。そしてでき上がった訳文も、これでもかというほど磨きをかけないと、読んでもらえるクオリティには辿りつかない。

遠隔労働のための日本女性の手
写真=iStock.com/west
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