「自分が死んだら、誰も住まなくなった自宅は相続するひとり息子が処分するだろう」。そう思っていた父親は遺言を残さぬまま他界。埼玉県在住の息子は、栃木県の実家を売却処分しようとした。ところが、法的にできなかった。なぜか。成年後見人を務める司法書士が実際に起こった事例を紹介する――。
古い家のポスト
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「要介護者の半数以上が認知症」で家族が早めにすべきこと

内閣府が作成した高齢社会白書(推計)によれば、2020年の65歳以上の認知症有病率は16.7%(約600万人)。高齢者の6人に1人が認知症の症状があることになります。

要介護認定を受け、介護保険によるサービスを受けている人の認知症有病率は当然さらに増え、約6割ともいわれています。要介護者の半数以上が認知症なのです。

「要介護の方が認知症になると、ケアをするご家族はさまざまな苦労を味わうことになります。意思の疎通ができなくなる精神的苦痛がありますし、徘徊はいかいなどがある場合は心労も並大抵のものではありません。また、認知症になって判断能力がなくなったら、預貯金の引き出しなどの金銭管理ができなくなりますし、悪質な業者に騙されて高い買い物をさせられる心配もあります」

と語るのは首都圏近郊の市でケアマネジャーをしているYさん(48)です。

そして、そう遠くない将来、発生する相続の問題でも苦労するケースが少なくありません。相続する資産を持っている人や相続人が認知症になると、相続の手続きができなくなることがあるからです。

「にもかかわらず認知症は症状が出るまで放置されることが多いんですよね。ご本人もなぜか“自分は認知症にはならない”と思い込んでいるし、ご家族も親が認知症になることが想像できない。でも、認知症になってしまい、金銭管理や相続で苦労されるご家族をたくさん見てきているので、私は折を見て、成年後見制度について話すことにしています」

成年後見は「成人で判断能力が不十分になった人」を守る制度です。認知症などで判断能力が不十分になると契約等の法律行為ができなくなります。預貯金の引き出しも契約に基づいた行為ですし、公共料金の支払い、動産・不動産の管理や処分、医療や介護に関する契約の締結などあらゆる契約事項ができなくなるわけです。当然、相続もここに含まれる。

判断能力が十分あった時は当たり前にできていた、こうした行為ができなくなると当然、さまざまな困った事態が生じます。そこで、成年後見人になった人が本人の代わりに行えるようにする制度です。

意識が高いケアマネジャーは、担当する利用者や家族から、そうした相談を受けた時に備えて、成年後見制度の知識を頭に入れているといいます。なかでもYさんは、相談に対してより的確なアドバイスができるよう成年後見人としての経験が豊富な専門家の人脈を持っています。その一人が司法書士のKさん(45)です。