さて、ここからは日本の話である。日米のインフレ率の違いを図から見てほしい。日本の物価は22年1月以降に上昇傾向が始まったが、それ以前の横ばい期間があまりに長かった。物価が横ばいのときに企業がモノを売るには、コストを下げて価格競争力を維持する必要がある。そのための策の1つが人件費の抑制で、ゆえに日本では労働者の賃金がなかなか上がってこなかった。そして、背景にあるのが円高である。

日米両国の消費者物価指数の推移

1985年のプラザ合意で、米国の貿易赤字を減じる円高をなかいられて以降、アベノミクス開始の13年まで、日本産業は30年近く円高を受容してきた。海外旅行にはいいが輸出企業には逆風で、メーカーは製造拠点を海外に移すなどして対処してきた。これが日本国内の技術開発を遅らせ、日本経済の生産力の停滞を招いた。

50年前の状況に似ている

円高/円安の経済への影響を議論するには、何を正常あるいは望ましいレートとするかの基準が必要だ。それには、本連載でも紹介したが、ハーバード大学の故デール・ジョーゲンソン教授と慶應義塾大学の野村浩二教授が開発した為替レート換算の価格水準指数(PLI)が明確だ。

貿易相手国との生産費の差を各産業の大きさで加重平均するものだが、PLIが1より低いときには、日本の産業は平均して相手国より生産費が安く、輸出しやすい環境にある。逆に1を上回るようだと、コスト高になって産業は苦しみ、コスト節約のためデフレ圧力が生ずる。

1ドル=146円の為替レートだと、PLIは0.6近くにまで下がっている計算で、4割近くも円が物価水準の比較より円安方向へ過小評価ということになる。いままで円高で悩んだ輸出産業は生産コストが下がったことで、今後は国内での設備投資を徐々に進めていくだろう。問題は、趨勢すうせいとして仮に方向はよくても動きが急すぎないかということだ。

黒田東彦はるひこ日本銀行総裁が「供給側の押し上げ要因が剥げ落ちて来年以降は、物価上昇率は2%を下回る」として金融緩和を続けるのは、長期のトレンドを重視するからだと思う。22年10月28日に日銀が物価上昇率見通しを前年度比プラス2.3%から2.9%に引き上げたのは、短期的には「消費者物価上昇率2.0%」という物価目標を達成するだけでなく、それを超過しつつあると読んでいると見るのが自然であろう。

PLIで見ると、いまと同じ程度の円安の続いた1971~72年のすぐ後には、福田赳夫元首相に「狂乱物価」と言われた73~74年のインフレが待ち受けていたことも念頭においてほしい。確かに、日本産業がいま円安で息を吹き返しているとみてもよいが、激しい円安が強いインフレを招く可能性も高いので、応急措置として早めに短期金利を高めるなどインフレへの警戒を始めたほうが安全のように思われる。

(構成=渡辺一朗)
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