ビジネスパーソンの知性を刺激する、日本のマーケティング研究の第一人者・石井淳蔵先生によるブックレビュー。連載第2回で石井先生は「今の若い人は、繭の中に何重にも取り囲まれていて、その繭を破って外に出ていくという発想そのものを持つことがないのかもしれない」と語られました。繭の裂け目から触角を伸ばしておかないと、環境が変化したときに死んでしまう――とも。では実際に触角を伸ばすにはどうすればいいか。石井先生が薦める、あなたの「常識」を揺さぶる本。1冊目は文化人類学者・レヴィ=ストロースの名著『野生の思考』です。

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石井淳蔵(いしい・じゅんぞう)●1947年、大阪府生まれ。神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。神戸大学大学院経営学研究科教授などを経て、2008年4月より流通科学大学学長。専攻はマーケティング、流通システム論。『ブランド』『マーケティングの神話』など著書多数。「プレジデント」連載「経営持論」の執筆陣でもある。

「当たり前」ばかりでは世の中、面白くない

これまで2回、拙書『マーケティング思考の可能性』(岩波書店、2012年)にかかわって、インタビュー記事が掲載されました。続いてあと3回、短い書評を書くことになります。よろしくお願いします。

始めるにあたって、最初に2つのことを断っておきたいと思います。1つは、私の専門はマーケティング論や流通論や経営学といった分野ですが、今回の書評は、それらとはちょっと距離のある分野の書物を取り上げることです。もう1つのお断りは、書評と銘を打っていますが、どちらかと言うと、その本を読んで私がどう感じたかを書いています。著者の思惑や世間の評価とは違ったところで感動しているということもありえますが、そのあたりは素人の感想と言うことでご寛恕頂きたいと思います。

では、ということで、1回目は、文化人類学者であるとともに構造主義の大家であるレヴィ=ストロースを取り上げます。「存在があって意識がある」、「原因があって結果がある」、あるいは「理由があって行為がある」。いずれも、誰も、何も、否定のしようのない理屈です。「で、何か疑問でも?」と言われると、一言もありません。しかし、こうした当たり前の理屈の議論ばかりだと、世の中もあまり面白くもないように思います。そこで、いわば「逆転の発想」を求めて、疑問の余地のなさそうな、そうした当たり前の世界に挑むのが哲学者です。

レヴィ=ストロースも、そうした1人です。私たちに、「なるほど」と思わせ、さらに知りたいという知的好奇心を与えてくれます。彼の代表作の1つは『野生の思考』(みすず書房、大橋保夫訳、1976年)ですが、そこには世界各地の未開の民族の知られない文化人類学のエピソードが満載です。また、そうしたエピソードから、彼独特の哲学的知見が紡ぎ出されます。それらの知見は、私たちが物事を深く考えようとするときに重要な手掛かりとなるものです。

『野生の思考』(大橋保夫訳、1976年、みすず書房刊)。396ページ、重さ581グラムの大著だが、まるでRPGの異世界を旅するような「不思議感あふれる楽しさ」に満ちた本。キーワードは、ありあわせの素材を用いて必要な物を作る「ブリコラージュ(器用仕事)」。原著は1962年刊行。カバーに描かれた野生のパンジーは「パンセ(思考)」とかけた洒落でもある。

『野生の思考』
みすず書房/本体価格4800円