母親の衰えと父親の病院嫌い

2019年春。福祉系の仕事に従事する石黒さんは、85歳になった母親に、早めに要介護認定調査を受けるよう勧めたところ、母親は要支援2と認定された。

その頃79歳の父親からは、「母さんに認知症が進行している」「転んだら1人では立ち上がることができない」などの話を聞いていたが、石黒さんは母親に早急に介護の必要があるとは理解しておらず、母親のフォローは父親に任せきり。ただ、2人ともストレスをためているということは分かっていたため、たまに実家に帰ったときには、2人の話をよく聞き、ストレスの軽減に努めていた。

そんな2021年の春。母親から電話で、「お父さんが病院に行かなくて困る。実家に来て病院に行くように説得してほしい」という旨の電話を何度か受け、石黒さんは実家に帰り、対応。根気強く父親の話を聞き、穏やかに受診を勧めた。

「父は、大の病院嫌いでお医者さん嫌い。だから、『わかるよ、わかる。じゃあ、病院代えちゃえばいいじゃん』と寄り添う時もあれば、『お父さんの気持ちはわかるけど、この病気だけはこの先生に診てもらった方が良い。嫌だとは思うけど我慢して行ってください。1回行けば数カ月、その先生の顔を見なくて済むんだから』と言って説得するなど、毎回工夫を凝らしていました」

ただ、石黒さんに言われたからといってすぐに受診することはなく、「後日でもいいから、ちゃんと受診してね」と言って帰り、数日後に受診してくれることが多かった。

男性の脈拍を測る女性医師
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石黒さんの知る限り、父親の病院・医者嫌いは、両親が結婚してしばらくした後、母親が石黒さんの前に、男の子を妊娠した頃から始まったのではないかという。石黒さんにとっては兄に当たる男児の出産の時、父親が「産婦人科医が酔っ払っていたため、長男を死なせてしまった。そのとき、もう子どもはいらないと思った」と、石黒さんが子どもの頃、自宅に連れてきて一緒に飲んでいる同僚に話していたのを聞いたのだった。

その後父親は、近所の内科を受診。薬を処方されたが、効き目がなかったのか、医師を信用できなかったのか、二度と受診しなかった。それからしばらくして、やはり痛みに耐えかねたのか、かつて心筋梗塞を起こした際に手術をしてもらった大病院まで出かけたようだ。

「後から母に聞いたのですが、おそらくそこが父が唯一信頼していた病院だったのでしょう。最後の気力を振り絞って出向いたようです。しかし、大病院である上にコロナ禍。予約も取っておらず、受付で門前払いを食らいました。母は、『門前払いされたのは、かなりショックみたいだった』と話していました。こうして、全く医療を頼らなくなったのだと思います」