すでに「人間の味」を知っていた

このとき手負いで逃がした母熊が、明地少年を喰い殺し、谷崎シャウを襲った加害熊だったのだろうか(その場合、三毛別事件を引き起こしたヒグマはオスのため、それとは別個体ということになる)。

あるいは、三毛別事件を含め、すべての事件を引き起こした恐るべき凶悪熊が別に存在したのだろうか。

筆者としては、後者の可能性が高いと考える。

理由はいくつかあるが、ひとつは谷崎シャウが襲われた状況から、加害熊の目的が当初から「捕食」であったことが明らかであることだ。加害熊は同事件の前に、すでに「人間の味」を知っていた可能性が高いのである。

熊は「以前に喰ったものをしつこく好む」

もうひとつは、ヒグマには「以前に喰ったものをしつこく好む」という習性があることだ。

川で魚をくわえているヒグマ
写真=iStock.com/KenCanning
以前に喰ったものをしつこく好む(※写真はイメージです)

思い起こしていただきたい。

三毛別事件で食害されたのは、女性と男児に限られていた。

以下、『エゾヒグマ百科』をもとに、三毛別事件および関連事件における被害者を、襲われた順に列記してみる。

・大正3年 北竜村
明地勇(13) 男児 死亡 食害

・大正4年 深川村
谷崎シャウ(42) 女性 死亡 食害
谷崎武夫(18) 男性 重傷

・大正4年 苫前村太田家
蓮見幹雄(6) 男児 死亡
阿部マユ(34) 女性 死亡 食害

・大正4年 苫前村明景家
明景梅吉(当時1) 男児 死亡(3年後)
明景ヤヨ(34) 女性 重傷
長松要吉(59) 男性 重傷
明景金蔵(3) 男児 死亡 食害
斉藤春義(3) 男児 死亡 食害
斉藤巌(6) 男児 死亡 食害
斉藤タケ(34) 女性 死亡 食害
胎児(0) 不明 死亡

一見して明らかだが、食害されたのは男児と成人女性に限られている。

一方、大人の男性は食害されていない。