人口より訪問者のほうが多い久比地区
まめな食堂は地元の野菜を使って手作りの料理を提供している。昼食なら1食500円とお手頃価格。地元住民はもちろんのこと、とびしま海道を訪れるサイクリストの間でも人気だ。地域外からさまざまな人たちを呼び込むエンジンになりつつある。
まめな食堂を会場にして音楽会も毎月開催されている。今年5月には呉出身のユーフォニアム奏者とピアニストの2人が訪れ、地元住民のためにバッハやモーツァルトなどクラシックを演奏した。入場料無料、寄付歓迎。コンサート会場が皆無の久比にとってミュージシャンの生演奏は画期的なイベントとなっている。
地域活性化を裏付けるデータもある。久比は人口400人強の小村であるというのに、若者や外国人を含めて毎年500人以上の訪問者を引き寄せるようになった。地域に定住していないながらも地域と深い関係を持つ「関係人口」を増やし、まさにアルベルゴ・ディフーゾを実践しているといえる。
イッセイミヤケで磨いた経営センス
東京生まれ東京育ちの更科も関係人口に含まれる。東京と久比を往来する二拠点生活者なのだ。
定年退職して田舎にも拠点を設け、悠々自適に暮らす年金生活者なのか? 違う。「介護のない社会」の実現をビジョンに掲げて久比にやって来た社会起業家(ソーシャルアントレプレナー)だ。ばりばりの現役である。
ビジョン実現のためのツールがソーシャルエンタープライズの「まめな」だ。3年前に久比を本部にして発足した一般社団法人であり、まめな食堂の運営主体でもある。
久比を舞台にした壮大な社会実験と位置付けることも可能だ。新たな仕組みを導入して地域の課題を明確にし、将来に役立てるわけだ。ただ、更科は社会実験とは捉えていない。あくまで「相互扶助コミュニティー」の創出を掲げ、久比の活性化に全身全霊を注ぐつもりなのだ。
営利企業と同様にソーシャルエンタープライズでも経営センスは不可欠。更科が経営センスを磨いた場所はイッセイミヤケだった。そう、8月に死去した世界的ファッションデザイナー、三宅一生が設立したデザイン会社である。奇しくも三宅は瀬戸内――広島市――出身だ。