生涯現役の高齢者で活気があふれる久比

更科は最初の久比訪問で大きなショックを受けた。介護を必要とする高齢者で町中があふれ返っていたからではない。生涯現役で頑張る高齢者の存在で町全体が活気に満ちていたからである。

東京に生涯現役の高齢者がどれだけいるだろうか。1980年代に就職し、サラリーマンとして会社に人生をささげてきたバブル世代をイメージしてみよう。定年退職をきっかけに社会との接点を突如として失い、見る見るうちに老け込んでいくというのが通り相場ではないのか。「人生100年時代」となれば定年後は数十年も続くのに、である。

レモン畑に向かう山道で軽トラをすいすいと運転するおじいちゃん、急斜面のミカン畑に立ってきびきびと作業するおばあちゃん――。久比訪問中に更科が出会った高齢者はそろって元気で、誰もが現役で働いていた。70代・80代はもちろん90代も含めて。

更科は「おじいちゃん・おばあちゃんが目的をもって働いている。毎日体を動かし、おいしい物を食べ、コミュニティーの一員としていろいろな人たちと触れ合っている。ここにお手本があると確信しました」と振り返る。「目指すべきなのは介護のない社会。ピンシャンコロリで人生を全うできれば介護は不要です」

急ピッチな高齢化を背景に医療費・介護費が膨れ上がっている日本。2021年度には介護費用は初めて11兆円を突破している。老人の大半がピンシャンコロリで旅立てるようになれば、理屈のうえでは医療費・介護費は激減する。

お化け屋敷のような旧医院に一目ぼれ

久比訪問中には元気な高齢者以外にもう一つ大きな出会いがあった。かつて地元の医療を支えていた旧梶原医院である。

木造2階建ての旧医院は激しく老朽化し、伸び放題の草木に囲まれていた。長らく使われないままで放置されていたためだ。「まるでお化け屋敷」と言われていたほどである。

だが、更科は旧医院に一目ぼれしてしまった。ここを舞台にして「介護のない社会」をつくってみたい!

改修を終え、周囲の景観の溶け込む旧梶原医院。現在はまめな食堂として交流の場になっている
筆者提供
改修を終え、周囲の景観の溶け込む旧梶原医院。現在はまめな食堂として交流の場になっている