人の気持ちが読み取れない、自分の興味以外に関心が薄い

「のどが痛くて熱がある」と言われても、相手がどう感じているのか、どうしてほしいのかを想像するのが苦手なので、「体がつらいんじゃないか。優しい言葉をかけてあげたらうれしいんじゃないか」と考えことができません。そのため「大丈夫?」「何か食べる?」という言葉をかけたりすることもなく、コンビニで妻が食べられそうなものを買ってくることもありません。妻の側は、相当頭にきてしまうでしょうが、本人は決して意地悪をしているつもりではないのです。

また、自分の興味以外のことに関心が薄いという特性もあります。ASDの人は、自分の世界を持っていて、自分の興味があることには強いこだわりがある一方、自分に興味のないことやなじみのないこと、慣れないことに対しては極端に関心が薄いのです。例えば、家計のことや子どもの教育の相談事など、夫婦で考えたいことがあっても、興味がなければいくら言ってもまったく意に介しません。

これが夫の場合だと、「たとえ病気であっても、妻は夫の食事を用意すべき」「家のこと、子育てのことは妻に一切任せる」という“典型的な昭和型の夫”という枠組みで理解されがちですが、実はそういうわけではなく、ASDの特性があるからそう見えているだけの可能性もあるのです。

さらに、ASDはこだわりが強い人も多く、なかなか自分のやり方を変えません。A→B→Cの順にやった方が早くて効率がいいことがわかっていても、Cからやる。いくら周りに迷惑がかかっていたり、イライラさせたりしていても、自分のペース、自分のやり方を変えられません。人に迷惑をかけたくてそうしているわけではなく、そういったASDの特性によるものなのです。

診断されても解決にはならない

いくらそれが発達障害の特性によるもので、本人に悪気があるわけではないとわかっていても、一緒に生活するパートナーにはなかなか納得できるものではありません。

外来を受診する方の中には、ストレスの源になっているパートナーを無理にでも連れてきて受診させたいと考えている方がたくさんいます。「今、自分がつらくて眠れないのはパートナーのせいなので、病院で何とかしてほしい」という思いを抱えているのです。

しかし、もし本人を無理やり病院に連れてきたとしても、本人が何とかしたいと思っていない限りは、全く意味がありません。本人は何も困っていないことも多く、病院に連れてこられて病人扱いされることに反発する人もいます。かえって夫婦の溝を深めてしまうこともあります。

それに、パートナーが発達障害だと診断されたとしても、抱える問題が解決するわけではありません。外来に来る家族は、わらにもすがる思いだと思いますが、診断がついてもそれはゴールにはならないのです。