宇沢弘文の社会的共通資本に基づいて医療を再構築
【永井】宇沢先生の言葉にヒントはありましたか?
【原田】社会的共通資本という言葉ですね。永井さんには釈迦に説法ですが、宇沢先生は社会的共通資本を〈ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような社会的装置〉と定義されています。
【永井】はい。そこには「自然環境」「社会的インフラ」、教育や医療などの「制度資本」の3つのカテゴリーが含まれると。
【原田】宇沢先生の娘さんである、医師の占部まりさんから「(宇沢先生が)病院は社会的共通資本だって言ってましたよ」と教えられました。社会のためにこの病院を生かす、そのためには色んなチャレンジをしてもいいのだという裏付けをしてもらった気になりました。
【永井】原田先生が宇沢先生の考えに触れた時期、2016年から17年というのは、宇沢先生の功績が再評価される時期でした。2017年に日本医師会の横倉義武会長が世界医師会会長になっています。
会長が宇沢先生ゆかりのシカゴ大学で講演したとき、宇沢先生の社会的共通資本に基づいて医療を再構築しなければならないとおっしゃった。
宇沢先生との印象的な出会い「まるで哲学者の問答のよう」
【原田】宇沢先生は2014年に亡くなられていますが、永井さんは生前の宇沢先生とお付き合いがあったんですよね。
【永井】本当に偶然の出会いでしたね。ある教科書出版社の記念式典があったんです。私は鳥取県の教科書供給会社の専務をやっていた関係でその会に出席しました。
会には、教科書の著者、監修者なども参加していた。私と同じテーブルに宇沢先生が座っておられたんです。
【原田】そのとき、すでに宇沢先生の本は読んでおられたんですか?
【永井】『自動車の社会的費用』は読んでいました。
【原田】自動車は現代機械文明の輝ける象徴である、利便性は上がっている一方、公害、歩行者の事故などの問題がある。自動車の“社会的費用”を具体的に算出した名著ですね。
【永井】この本がきっかけで、宇沢先生は社会科の教科書の監修をしておられたんです。すごい人がいるなとは思っていたんですが、米子出身の方と認識していませんでした。
私の胸についていたプレートの“鳥取県”という文字を見つけたとたん、宇沢先生の目が変わったんです。もう、らんらんというか。ぐーっと迫ってきたんです。「鳥取県、それも米子から来たのか」っておっしゃって(笑い)。
【原田】写真を見ると、宇沢先生は白く長い髭を生やしておられる。なかなか迫力ありますよね。
【永井】もう他のテーブルの方は全然無視。私に色んな話をされる。テストを受けているような感じでした。
【原田】永井さんがどのような人間なのかを知ろうとしたんですね。
【永井】(首を横にふって)宇沢先生は私のことを見抜くのは簡単だったでしょう。問答ですよ。プラトンなどの哲学者の問答のようなものです。
【原田】その問答に永井さんはついていくことができた。
【永井】いや、なんとか答えたという感じでしょうか。とにかく博識、博学な方ですから。私の親父の本棚に助けられた、というか。
【原田】(首を傾げて)本棚?
【永井】私の親父は旧制高校出身で、当時の旧制高校出身の方はみんなそうだったと思うんですが、リベラルアーツ、つまり教養というものをすごく大事にしていた。
本棚には(元東京大学総長、植民政策学者)矢内原 忠雄さん、(東京大学経済学部教授、社会思想家)河合 栄治郎さんなどの本が並んでいた。それらの本はぼくの頭の隅にずっとありました。