魅力的な物語は商品を「特別なモノ」に変える
意外なキーワードから考えてみると、新しい「マーケティングの裏側」が見えてくる。前回(「嫉妬」(「サントリー史上最悪」の大失敗から伊右衛門という大ヒットが生まれたワケリンク)に続き、今回は「物語」というキーワードから3つの事例について紹介しよう。
普遍的に、人は物語が好きだ。予測のできない物語に、ときに驚き、ときに感動し、物語の中で自分の考えを巡らせ、物語の形でコンテンツを楽しむ。歴史上の偉人も、政治家も、起業家も、TEDのスピーカーも、物語性のある話術で聞き手を魅了する。YouTube、TikTok、Instagram、TwitterなどのSNSサービスは、「自分の物語を発信・共有したい」「他者の物語を見て楽しみたい」というユーザーの深層心理のニーズを満たしている。メッセージをただ情報として発信するのと、ドラマや漫画などに乗せて伝えるのでは、広まり方は大きく異なる。
近年、この「物語」を、マーケティングで活用する手法が注目を集め、「ストーリー(テリング型)マーケティング」「ナラティブ・マーケティング」「プロセスエコノミー」など様々な用語が出てきた。これらは、商品そのものだけではなく、開発にかける思い・こだわり・苦労といった背景やプロセスの「物語」を伝えることで、商品の魅力を高める効果を期待したものだ。
物語があることで、商品は「特別なモノ」として差別化される。これは、ドラマの登場人物が着ている服を「好きなドラマに出てきた服」として特別に感じたり、主題歌が「あのドラマの曲」として特別になったりするように、商品に対して特別な感情移入が起きる現象に近い。ドラマを観ていない人にとっては「ただのモノ」でも、ドラマを観た人にとっては「特別なモノ」になる。
このドラマの物語の代わりに、「商品に関する物語」を戦略的に発信するというわけだ。商品が作られた背景やプロセスなどを、魅力的な物語として消費者へ伝えることで、記憶に深く残り、共感や感動を引き起こして、消費者1人1人にとって特別な価値を創ることができる。
人々が惹きつけられるのは「美談」ではない
マーケティングで物語を有効活用するには、美談だけにならないよう注意が必要だ。特に日本の企業は、美談ばかりを披露しがちだが、苦労や失敗の物語を伝えることこそが、実は重要である。なぜなら、人々の心を最も打つ物語は「苦難を乗り越えた成功」だからだ。
ドラマや漫画などで、ただ成功し続ける話ではなかなか心を動かされないだろう。失敗し、悩んだ先で、成功を掴む物語こそ、大きな共感と感動を呼ぶのだ。今回は、アシックス、ユニクロ、ダイソンの「苦難を乗り越えた成功」の物語を紹介し、商品や企業に特別な思いを抱く感覚を体感してもらおう。