商品や企業の魅力を消費者に最大限に伝えるにはどうすればよいのか。高千穂大学の永井竜之介准教授は「商品に関する物語」を戦略的に発信することで、消費者1人1人にとって特別な価値を創ることができる」という――。
ツインズ戦に先発し、力投するエンゼルスの大谷翔平=2022年9月23日、アメリカ・ミネアポリス
写真=時事通信フォト
ツインズ戦に先発し、力投するエンゼルスの大谷翔平=2022年9月23日、アメリカ・ミネアポリス

魅力的な物語は商品を「特別なモノ」に変える

意外なキーワードから考えてみると、新しい「マーケティングの裏側」が見えてくる。前回(「嫉妬」(「サントリー史上最悪」の大失敗から伊右衛門という大ヒットが生まれたワケリンク)に続き、今回は「物語」というキーワードから3つの事例について紹介しよう。

普遍的に、人は物語が好きだ。予測のできない物語に、ときに驚き、ときに感動し、物語の中で自分の考えを巡らせ、物語の形でコンテンツを楽しむ。歴史上の偉人も、政治家も、起業家も、TEDのスピーカーも、物語性のある話術で聞き手を魅了する。YouTube、TikTok、Instagram、TwitterなどのSNSサービスは、「自分の物語を発信・共有したい」「他者の物語を見て楽しみたい」というユーザーの深層心理のニーズを満たしている。メッセージをただ情報として発信するのと、ドラマや漫画などに乗せて伝えるのでは、広まり方は大きく異なる。

近年、この「物語」を、マーケティングで活用する手法が注目を集め、「ストーリー(テリング型)マーケティング」「ナラティブ・マーケティング」「プロセスエコノミー」など様々な用語が出てきた。これらは、商品そのものだけではなく、開発にかける思い・こだわり・苦労といった背景やプロセスの「物語」を伝えることで、商品の魅力を高める効果を期待したものだ。

物語のアルファベットを作成します
写真=iStock.com/patpitchaya
※写真はイメージです

物語があることで、商品は「特別なモノ」として差別化される。これは、ドラマの登場人物が着ている服を「好きなドラマに出てきた服」として特別に感じたり、主題歌が「あのドラマの曲」として特別になったりするように、商品に対して特別な感情移入が起きる現象に近い。ドラマを観ていない人にとっては「ただのモノ」でも、ドラマを観た人にとっては「特別なモノ」になる。

このドラマの物語の代わりに、「商品に関する物語」を戦略的に発信するというわけだ。商品が作られた背景やプロセスなどを、魅力的な物語として消費者へ伝えることで、記憶に深く残り、共感や感動を引き起こして、消費者1人1人にとって特別な価値を創ることができる。

人々が惹きつけられるのは「美談」ではない

マーケティングで物語を有効活用するには、美談だけにならないよう注意が必要だ。特に日本の企業は、美談ばかりを披露しがちだが、苦労や失敗の物語を伝えることこそが、実は重要である。なぜなら、人々の心を最も打つ物語は「苦難を乗り越えた成功」だからだ。

ドラマや漫画などで、ただ成功し続ける話ではなかなか心を動かされないだろう。失敗し、悩んだ先で、成功を掴む物語こそ、大きな共感と感動を呼ぶのだ。今回は、アシックス、ユニクロ、ダイソンの「苦難を乗り越えた成功」の物語を紹介し、商品や企業に特別な思いを抱く感覚を体感してもらおう。