③ダイソン物語:モノづくりが見下されたイギリス社会の中で這い上がった企業努力
商品開発だけでなく、企業にまつわる物語も大きな価値を秘めている。企業の背景にある魅力的な物語で、ファンの心を掴むことができるのだ。
ダイソンは、イギリスで創業され、2022年からは本社をシンガポールへ移転している家電メーカーだ。ダイソンと聞くと、「吸引力の変わらない」掃除機や「羽根のない」扇風機など、高品質でオシャレな「デザイン家電」の代名詞に思われるだろう。しかし、実は、モノづくりが見下されたイギリス社会の中で這い上がり革新を生み出した、魅力あふれる物語を持った企業でもあるのだ。
モノづくりで革新を生み出した創業者のジェームズ・ダイソン氏
イギリスは、かつては産業革命の舞台となり製造大国として名を馳せたが、その後、製造業は衰退。その代わりに現代では金融業が主役となっていった。根強い階級意識もあり、いつからかモノづくりは「汚れた工場での仕事」と軽視されるようになった。その風潮を痛烈に批判し、自らモノづくりで革新を生み出したのが創業者のジェームズ・ダイソン氏である。
CEO(最高経営責任者)ではなく、創業者兼チーフエンジニアと名乗り続けるジェームズ・ダイソン氏は、生粋の技術者だ。若い頃の彼は学業で振るわず、大学進学はせずに、美術専門学校へ進んだ。そこで絵画を学ぶ中、デザインに興味を持ち、王立芸術大学院へ進学する。この芸術の名門校には、大学を出ていない者は年にわずか3名しか入学できなかったが、デザインの才能を開花させて狭き門を合格すると、工業デザインやエンジニアリングの道を進んでいった。
在学中に友人の会社へ加わると、軍用の上陸用高速艇を開発し、国内外でヒットした。この成功で多額の報酬を獲得すると、今度は軍のためではなく、人々が親しめる商品の開発を志して独立した。次に開発したのは、車輪の代わりに球体のボールを使い、重たい荷物を載せても地面に沈まずに動かせる手押し車で、これもヒット商品となった。