「死にたいなら止めない。ただ大事な友達を失うんだ」

その後、桜木さんは小さなカーショップに勤め始め、車の整備士として、草レースの車両を作ったり、客の車を改造したりといった日々を過ごす。

初めての作業が多く、毎日叱咤しった激励を受けながらの仕事だったが、桜木さんは、信者時代に受けた「信者以外は悪魔なので、話を聞かないこと」という教えがこびりついており、先輩たちからの注意やアドバイスを攻撃と受け取ってしまい、苦しい毎日を送っていた。

ボンネットを開けた車、レンチやペンチなどの工具も並ぶ
写真=iStock.com/standret
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そんなある朝、突然布団から起き上がれなくなり、涙が溢れ出して止まらず、とてつもなく死にたい衝動に駆られる。死ぬ前に最後に友人に別れを告げようと電話をすると、「死にたいなら止めない。ただオレは大事な友達一人失って生きなきゃいけないんだぞ! わかってんのか?」と友人。桜木さんは目が覚め、心療内科に駆け込むと、抑うつ状態と診断。幸い軽い状態だったため、1年ほどの服薬と通院でほぼ寛解した。

「車って、たくさんボルトやネジがありますが、一つひとつ締め付ける力が決まっていて、それ以上の力で締めるとねじ切れるし、それ以下だと走行中に緩むんです。だから“トルクレンチ”という工具を使って適正な締め具合にするんですが、私は信者時代、組織に必要以上に締め付けられていました。壊れて当たり前なんですよね。車の整備をしていて、締め付け過ぎてネジを壊した時そう思いました。壊したネジって取るのが大変なんですが、コツを掴めば上手に取れるんです。だから、教団のせいで壊れた私や私の人生ですが、きっとキレイになおる。そう思いました」

22歳のときに音信不通になった家族だが、その3年後に母親から電話があり、交流が復活。桜木さんが家を出、姉が信者の男性と結婚した後、父親の暴力はなくなり、両親はすっかり仲の良い夫婦に戻ったという。

2007年、桜木さんは30歳で結婚。現在桜木さんは3児の父となり、妻の実家の近くに家を建て、家族5人で幸せに暮らしている。しかし桜木さんの両親は今も、孫の誕生日やクリスマスにプレゼントを贈ることも、正月を共に過ごすこともできないままだ。