後輩には「嫌だったら無理にしなくていいよ」と教える
両親やベテランの信者たちから何度マインドコントロールされても、桜木瞬さん(仮名・40代)に芽生えていた疑問や違和感は消えなかった。
「新興宗教を辞めたいとは思っていましたが、まだまだ高校生。親の立場もあります。家族の中で孤立したら、行く場所もありません。そんな葛藤の中、私が出した答えは、『今まで中途半端だった裏表生活を、完璧にやりこなそう!』でした」
勧誘活動をしやすいようにと無理やり通わされた通信高校の最終学年4年生になると、運転免許を取得し、母親(当時44歳)からお下がりの自動車をもらった桜木さんは、まず奉仕活動(勧誘活動)をやめた。
親に「奉仕に行く」と言って車で遊びに行き、適当な時間に帰るのだ。どうしても参加しないといけない時は、訪問家庭の呼鈴を押したフリや留守だったフリ・断られたフリをし、月末に報告する伝道(奉仕)時間は、デタラメを書いて提出。
次に桜木さんが手を付けたのは、研究生の洗脳を解くこと。高3で3人の子の指導を任された桜木さんは、その子らとの奉仕活動のときはただの散歩をし、「嫌だったら無理にしなくていいよ」と教える。そのせいか桜木さんの研究生は、一人も儀式を受けなかった。
「神は信者一人ひとりを見ていて、『背教的な行いは見逃さない』と教えられていたので、検証しようと考えましたが、結果は言うまでもなく、神はいませんでした」
どんなに背教的な行いを続けても、教団での桜木さんの立場は変わらなかったのだ。このことは、長年教団の教えが染み付いていた桜木さんにとって、衝撃だった。
ショックを受けながらも桜木さんは、次々に水面に小石を投げ入れ続ける。
禁止されている音楽や本に手を出したり、小さなポータブルテレビを購入して自分の部屋で深夜番組を見たりし、影響を受けた曲の歌詞を少し変えて集会時に話したりした。
ところがある日、隠していたアダルト雑誌が両親に見つかる。父親に殴られ、胸ぐらを掴まれて階段を引きずり下ろされると、血まみれのまま、1階の物置部屋に4時間ほど閉じ込められた。出してもらった後も、「お前は悪魔だ!」とののしられ、口を聞いてもらえない。
桜木さんは2日間だけ家出。車で知らない土地へ行き、公園で寝た。
「それでも父を嫌いにはなれませんでした。遊園地のお化け屋敷で私を驚かせたお化けに、『子供が泣いてんだろ! やめろや!』と怒鳴った父。私が友達を泣かせたときに、必死に頭を下げてくれた父。神輿を担ぐカッコいい父……。信者になる前の父との楽しかった記憶が私を苦しめました」
桜木さんが幼い頃のことを鮮明に覚えているのは、それだけ信者になってからの変化が大きかったということ。そして入信後の生活に彩りがなくなったことを意味しているのだろう。
「悪いのは父じゃない。そうさせたのは教団だ」「いつか昔の父にもう一度会いたい。自分に子供ができたときに会わせてやりたい」そんな思いが桜木さんを教団内にとどまらせた。