俳優の香川照之氏が銀座のクラブでホステスのブラジャーを剥ぎ取ってその匂いをかぎ、さらに胸を触ってキスをしたと報じられた。「週刊新潮」がスクープした直後、「水商売の女性だから、それぐらい仕事の範囲だろう」という職業差別的な意見が少なからず発信された。なぜそんな意見が出るのか。水商売の経験がある作家の鈴木涼美氏が考察する――。

風俗嬢と一般婦女子では性的自由の度合いが異なるのか

歌舞伎俳優の香川照之氏(写真=時事通信フォト)
俳優の香川照之氏(写真=時事通信フォト)

1987年に起きた俗に言う「池袋事件」の判決は長年、日本におけるセックス・ワーカー差別の代表的な事例として、その筋の運動や言論に引用され続けてきた。事件を簡単に説明すると、池袋のホテルに向かったホテトル嬢が、通常プレイには含まれない客のサディスティックな暴力行為(ナイフで腕などを切り付ける、殺すぞなどの脅迫、紐やガムテープによって身体の自由を奪う、など)に晒され、自らの身を守ろうと隙をついてナイフを奪い、客を刺し殺してしまったというもの。

正当防衛を主張する嬢に対して、司法は「被告人はそもそも売春行為を業としており」とか「自ら招いた危難と言えなくもない」とかこれみよがしに冷たく、「売春婦と一般婦女子との間では性的自由の度合いが異なる」と、悪意を持って意訳すれば「売春婦なんだからレイプされるのは通常業務っしょ? 客は性的ファンタジーを満たしに高いお金払って来るわけだしさ。それで正当防衛とか言われても困るんだよお嬢さん」的な態度でその主張を退けたわけである。

女性にも男性にも不幸な判決

80年代の事件が現在も引用されるあたり、日本の性風俗店の客の質はそう悪くないということだとは思う。昔、村上龍の『トパーズ』を観た米国人が、S&M専門コールガールなんてアメリカで開業したらその日から死亡者が出る! と日本の治安に驚いたとか。

さてしかし、売春を生業としているからと言って命の危険を感じるような密室の状況で、揉み合って殺してしまって正当防衛が認められなかった、というこの事件は、女にとってはもちろんのこと、その後の男にとっても決して喜ばしいものではなかったと思う。いわばこの判決では、売春婦に対して結構な暴力をはたらいたとしても、それが酷い犯罪行為とは言えないよという暗のメッセージが見え隠れしているわけで、愚直に受け止めた客は暴力行為を働き続け、嬢たちに殺され続けることになるからだ。日々デリヘルで死亡者が出るような事態になっていないということは、繰り返すようだが日本の風俗店利用者の大半は比較的行儀が良いからだろう。