台湾陥落は「価値観の否定」を意味する
これに対し中国は、2030年代には経済規模でアメリカを超えて世界最大の経済大国となる見通しだ。軍事力でも、21世紀ではアメリカ以外で初めて、複数の大規模な空母機動部隊を運用する海軍大国になると見られている。外交分野では、ロシアなど世界中の権威主義国家と関係を強化し、場合によってはそれら国々のインフラを支配し、インド太平洋地域での軍事基地の建設を推し進めている。まさにアメリカの覇権に挑戦しているのは明らかなように見える。
このため、今のアメリカは中国の急激な台頭に本能的な「不安」を感じている。そして、その中国との、ちょうど中間点に位置するのが民主主義国の台湾であり、その防衛は非常に重要な意味を持つと考えているのである。つまりアメリカにとって、台湾の自由民主主義を守ることこそが、自らの価値観を守ることであり、自らが率いる自由主義陣営を守ることでもある。米中は異なる世界観をもとに根源的な対立に陥っているのだ。
仮にアメリカが台湾を守るために中国との戦争に突入する場合、大統領は「民主主義を守るため」という大義は口にしても、「半導体工場を守るために米兵の命を犠牲にする」とは決して言わないだろう。米中が戦争に突入すればすさまじい犠牲が出ることは容易に予想できるが、米国民に犠牲を求めるには大義が必要なのである。
「米中戦争は起こらない」とは言い切れない
もっとも、両国が核兵器を持つ中で中国の台湾侵攻が米中戦争に発展するかは分からない。最終的にはそのときの互いの指導者がどう判断するかであり、アメリカの外交安全保障上の建前としては、台湾を防衛するかはあくまで「曖昧」なのだ。
ただ、ここでよく引き合いに出されるのが、「トゥキディデスの罠」という言葉だ。ハーバード大学の政治学者グレアム・アリソンの造語で、古代ギリシャで覇権国として君臨していた都市国家スパルタと、新興の都市国家アテネが戦争に陥った史実に由来する。トゥキディデスはこの戦争を『戦史』という書物にまとめた歴史家である。
これは既存の覇権国と新たに台頭する強国は戦争に突入せざるを得ないという見方であり、覇権国スパルタをアメリカに、台頭する国家アテネを中国に当てはめ、アメリカと中国が戦争に陥るリスクが大きいことを示している。
このギリシャにおけるアテネとスパルタの対立は「ペロポネソス戦争」という大戦争に発展し、最終的にはスパルタの勝利で終わった。現代の大国間戦争では核兵器の使用可能性という重大な変数が作用するため、古代ギリシャの歴史をそのまま当てはめることはできない。しかし戦いの発端はアテネの勢いに対するスパルタの「不安」だったという分析があるのはやや不吉である。