「鼻先に赤い血糊が貼り付いていた」
「夢中で斜面を上がり、県道に置いた車に戻ると、パジェロの辺りにテントが立ち、10数人の警官や消防団がいた。
県道には警官が2人と婦人が3人いた。婦人たちに熊に遭遇したことを話すと、2人は入山を断念し、1人は笹藪に入って行った。
警官が前日から第3犠牲者がこの付近で行方不明だと言った」
「一旦、皆から離れたが、Uターンして警官に『あの付近に第3犠牲者がいるのではないか』と通報したが、興味を示さなかった。
報道各社の記者5人に取り囲まれ、体験談を話すように言われ、仕方なく応じた」
「遭遇時に既に熊の顔には傷がいくつかあった。左目上の額の傷は古く、毛が抜けて幅が2cmほどの稲妻型のハゲになっていた。
鼻先の右側に赤い血糊が貼り付いていた。切られた傷なのか、動物を食べた血なのか分からなかった。」
「被害者が出ても山に行く」危機感のなさが事件を拡大
「そのあと熊取平へ行くとタケノコ採りの3人と出会い、一緒にゲートを越えて林道を行くと、子グマの糞があった。先を走っていた犬が吠え、誰かが『熊を見た』と言ったが、冗談だったかもしれない」
「27日に護身用に太さ2cm、長さ160cmほどの鉄パイプを尖らせて槍のようなものを作り、ナタも持参した。が、笹藪の中ではどれも重くてやめた。
28日(土)にまた田代平に入山した。捜索隊が多数入っているがタケノコ採りも多かった。ヘリが見当違いの方で往復していていた」
「体験談がテレビに出たので、妻には『ご先祖様から一回きりもらった命だから自重してケロ』と言われ、娘からは『また行くなんてバカだろ』と言われた。
あの時、勝てるとは思わなかったが、運がよかった。来年のタケノコ取りは、どうしようかと迷っている」
Aさんが襲われた後、笹藪に1人の婦人が入って行った、という話は驚いた。自分は安全だと信じきっているのだろうが、その信念はどこから来ているのだろうか。
Aさんの証言には次のような興味深いポイントがあった。
①笹藪に入った途端に獣臭がした(腐敗臭だったかもしれない、とも)
②熊の右鼻翼部に血糊か、あるいは出血があった
③左目上の額の古傷の存在
④20分間も1~1.2mの距離で対峙した
⑤視線をそらすと襲ってきた
⑥熊取平の規制線の先に子グマの糞があった
規制線の先……それは第2事故現場だ。親子熊がいたわけだ。