1.2mほどの距離で、20分も熊とにらみ合う

「7時15分ころ、がさがさ音がして驚いたが、斜面がきつくて動けなかった。

また音がしたが、同業者かと思った。以前、第3犠牲者とこの付近で話をしたことがあったからだ。

斜面の下から見上げた方が確認しやすいので、顔を上げた。すると、笹を透かして黒い影が見えたので、熊取平の方で2人襲われて亡くなっているのを思い出し、震え上がった」

米田一彦『人狩り熊』(つり人社)
米田一彦『人狩り熊』(つり人社)

「熊が自分を狙うように、私から1.2mほどの距離まで来た。

斜面がきつくて、熊もやっと立っている状態だった。

熊はずっと私を見ながら、ふっ、ふっとうなり続けた。

自分も呻って見せ、足で竹を打つように踏んだ。心臓がばくばくとなった」

「熊はちょうど私に覆いかぶさるような位置になり、そのままにらみ合って15~20分経った。リュックを下ろしたほうが良かったかもしれないが、そこまで気が回らなかった。

煙草に火を付けて熊の足元に投げた。が、雨が降っていたので効果がなかった(注、現地は当日、朝から降雨があった)」

ちょっとした動きを読まれ、攻撃をかわされる…

「偶然、大型のカッターナイフを胸ポケットに入れていた。刃を長く出すと折れると思って、少しだけ出すことにした。

熊は終始立ち上がらなかった。鼻が目の前1mのところにあったので、カッターで3回、目を狙って切りつけた。

だが、私が肘を引いただけで、動きを読んだらしく、熊は素早くかわした。

しかし3回目は、右の目の下を少し切ったかもしれない」

「滑りそうになって、少し振り向いたら、熊がだーっと襲ってきた。

が、向き直ったら下がった。

熊に背を向けると危険だと思い、目を見ながら、右腕を尻の後ろに伸ばし、長めの笹の根元を切り取って、先を尖らせた。

その尖った笹を、熊の右目めがけて突き出したら、目の下に刺さり、熊は逃げた」