靖国神社に参拝した理由
【佐藤】そうです。ならば、そうした与件の下でどう生き延びるのか。ひとことで言えば、それが李登輝のプラグマティズムだと思うのです。だから、利用できるものは何でも利用した。必要と思えば、どんなカードでも切ったわけです。2007年、李登輝は、中韓があれほど嫌う靖国神社に自ら参拝し、「親日」をアピールしています。日本に対して靖国参拝というカードまで切ったのです。
【池上】乃木希典(「『無謀な命令を繰り返し、部下を無駄死にさせる“乃木希典”のような上司』をスマートにかわす最良の対処法」)で論じた「限定合理性」に通じる話だとも思いますが、この場合の合理性には、それこそ「国」の命運がかかっています。
【佐藤】だから、日本やアメリカのことを心から信頼することはできないと考えていても、そんなことはおくびにも出さない。不必要に中国の悪口を言ったりもしない。
ライバル民進党の政治家を応援することで、台湾の分裂を防いだ
【池上】「切れるカードは何でも」という点で言えば、李登輝は国民党のトップとして総統に上り詰めたわけですが、蔣経国総統時代に新たな政党の結成が認められ、民主進歩党(民進党)が力を持つと、明らかにそちらの方向に立場をシフトさせていきます。自分の後継に連戦という人物を指名するのですが、表向き支援するように見せて、実際には民進党の陳水扁を応援するような形になる。そして、国民党が候補者一本化に失敗したこともあって、台湾初の政権交代が実現するわけです。
そういうスタンスを取ることにより、政権が民進党に変わっても、生き残ることができた。単に自らが政治家として生き残るというだけでなく、国民党支持者からも民進党支持者からも敬愛される「台湾民主化の父」となり得たのです。中国と厳しく対峙することでその干渉から台湾を守った功績は認められるものの、政治的独裁を厭わなかった蔣介石とは、そこが違いました。
【佐藤】「民主化の父」というのは、言い得て妙ですね。李登輝のそうした行動が、台湾の分裂を防ぎ、国際的な地位を向上させるうえで大きな役割を果たしたことは、間違いないでしょう。