スリランカの悲しくも無惨な歴史に、また1つの大きな転機が訪れた。去る7月9日の土曜日、怒れる民衆が大統領府に、そして大統領と首相の公邸に詰め掛け厳重なバリケードを突破し、治安部隊の殴打や催涙ガス攻撃にも耐えて果敢に前進し、ついには内部に突入して3つとも占拠してしまった。
大統領のゴタバヤ・ラジャパクサは、もちろんデモ隊が到着する前に逃げ出していた(国外から電子メールで、国会議長に辞表を送ってきたのは5日後のことだ)。ラニル・ウィクラマシンハ首相の私邸にも火が放たれたが、こちらはデモ隊に罪をなすり付けたい親大統領派の仕組んだ工作の可能性がある。
ウィクラマシンハが首相に就任したのは今年5月。デモ隊が首相公邸に乱入し、当時の首相マヒンダ・ラジャパクサ(大統領の兄で、自身も大統領を2期務めた大ベテラン)が逃亡と辞職に追い込まれたので、急きょ起用されたのだった。ウィクラマシンハは過去にも5回、首相に指名されているが、いずれも任期半ばで退陣している。しかも前回の首相在任中には、ラジャパクサ兄弟の腐敗を暴こうとする検察の捜査を妨害した疑いがあり、そのせいで民衆は彼の辞職も要求していた。
もちろん、民衆の蜂起を招いた直接の原因は経済政策の度し難い失敗にある。だがラジャパクサのような男が権力の頂点に立てた背景には、多数派民族シンハラ人の仏教ナショナリズムがある。
建国当時の統治機構は実力主義だったが、やがてゆがんだ仏教ナショナリズムが浸透し、特定の民族(あるいは特定の個人)だけが潤う統治システムが出来上がった。かつて現地の有力紙が嘆いたとおり、それは「密輸業者や詐欺師、殺人犯、牛泥棒など」が支配する政治システムで、これがスリランカの未来を窒息させた。
昨年半ばには、化学肥料や農薬、除草剤の輸入が禁じられた。当然、収穫は減るから農民は困る。だから各地で反政府デモが起きた。しかし当時の政府は既に深刻な外貨不足に悩んでいた。だから輸入をやめて、浮いた資金を農家向けの補助金に回そうと考えていた。
農民の大多数はラジャパクサ兄弟と同じシンハラ人の仏教徒だ。だから、彼らと敵対するつもりはなかった。それに、彼らに対する恐怖心もあった。過去に、ラジャパクサ兄弟を批判したジャーナリストが何人も殺害されていたからだ。
しかし今回は都市部の中産階級にも怒りが広がっていた。3月には反政府派の活動を支持する女性たちが大統領の私邸前で抗議行動を行っていた。4月には大統領府の前にデモ隊が集まり、自分たちの運動は「アラガラヤ(闘争)」だと宣言した。