非正規者にも払うか、正社員に払うのもやめるか
この判決を含めて住宅手当を非正規社員に支給すべきかどうかについて争われた一連の高裁判決は、2020年10月の3つの事件の最高裁判決で住宅手当の解釈が確定している。東京大学社会科学研究所の水町勇一郎教授(労働法)はこう述べている。
「住宅手当については、正社員と契約社員の間に転居を伴う転勤義務の点で違いがあるか(それゆえ住宅に要する費用の点で両者間に実質的違いがあるか)否かを重要なポイントとして、支給の相違の不合理性が判断されるという解釈が示されたといえよう。住宅手当は『同一労働同一賃金ガイドライン』で例示されていない項目であるが、この解釈が実務に与える影響は大きいだろう」(『労働判例』2020年11月25日 産労総合研究所)
住宅手当が、転居を伴う転勤を行う社員に支給するものであれば“リモートワーク転勤”者には支払う必要がなくなると解釈することができる。もちろん会社の判断で支給するのは勝手だが、その場合は転勤なしの非正規社員にも住宅手当を支給しなければならなくなる。
さて会社はどちらを選択するのだろうか。
非正規を多数抱える会社は当然費用が膨らむことになる。正社員と同じように非正規社員も支給する良心的な会社ばかりではない。実は一部の正社員の住宅手当を廃止した会社もある。
日本郵便は、賃貸住宅で毎月最高2万7000円、持ち家は購入から5年間に限り月6200~7200円の「住居手当」を支給していた。その中には転居転勤のない一般職約2万人も含まれていた。
ところが前述した高裁判決で非正規社員に支給しないのは不合理との判決が下された。その結果、2019年に日本郵政労働組合は非正規にも支給することを要求したが、会社側は自宅から通勤している一般職約5000人の住居手当を廃止したいと逆提案している。
一般職の中には2万7000円を受給している人もおり、生活に与える影響は大きい。労働組合は住居手当を廃止するのはおかしいと主張したが、最終的に10年間かけて減額するという経過措置を設けて、廃止することで決着したという経緯がある。
当時、会社側は住居手当について「転勤がある正社員に対する住居費の補助の目的で支給しており、非正規社員には支給していない」と主張していた。
しかし今のようにリモートワークが普及し、リモート転勤が可能になると、その主張の前提も崩れることになる。ちなみにNTTグループの中には「住宅補助費」を支給しているところもあると聞く。
在宅勤務の普及によって「通勤手当」を廃止する企業も増えている。今後、リモート転勤が普及すると「住宅手当」の廃止に踏み込む企業も出てくるかもしれない。
ちなみに、厚労省の2019年のデータによれば、住宅手当の平均支給額は1万7800円(社員数1000人以上:2万1300円、30~99人:1万4200円)となっている。