本当に裁かれるべきは誰なのか…

「俺は死んだあいつを恨む」って、最近あの子が手紙に書いてよこしたんです。五年も経つのに……。

当時なにがあったのかと訊いても、答えてくれません。わかっているのはただ、殺した相手は――ユーラという青年でしたが――アフガニスタンで金券(チェーキ)〔国外で働くソ連市民の給与支払いに用いられていた券〕をたんまり稼いだと吹聴していたということだけです。

でも、じつは彼はエチオピアに准尉として勤務していたんです〔一九七七~八八年のオガデン戦争〕。アフガニスタンの話は嘘でした……。

裁判では弁護士のかただけが、「被告は精神を病んでいます」と言ってくれました。「被告席にいるのは罪人ではなく病人です。このかたには治療が必要です」と。

でも七年前のそのころはまだ、アフガニスタンの真相は知られていませんでした。みんな英雄扱いで、「国際友好戦士」と呼ばれていました。でもうちの息子は殺人犯……。現地でやっていたことを、ここでやってしまったからです。向こうでやれば記章や勲章がもらえたことを……。

なぜあの子だけが裁かれたのでしょう。あの子をあそこに送り込んだ人間は裁かれないのに。人殺しを教え込んだんですよ! 私はそんなこと、教えていません……(声を荒げて叫ぶ)。

“英雄”の母親たちが背負うもの

あの子は料理用の鉈で人を殺して……翌朝、その鉈を持ち帰って戸棚に戻しました。普通のスプーンやフォークのように……。

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ著、奈倉有里訳『亜鉛の少年たち』(岩波書店)
スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ著、奈倉有里訳『亜鉛の少年たち』(岩波書店)

両足を失くして帰ってきたお子さんの母親を、羨ましく思ってしまうんです……。たとえその子が飲んだくれて母親を罵ったとしても……世界を恨んでいたとしても。獣のように暴れて母親に殴りかかってきても。

ある母親は息子の気が狂わないように女性を買っているそうです……。一度なんて、自ら息子の相手になったこともありました、その子がベランダの手すりによじ登って十階から飛び降りようとしたからです。

私はそういうふうになったっていいんです……。ほかの母親がみんな羨ましいんです、息子を亡くしてしまった母親さえも。私はきっと、お墓のかたわらに座って、幸せに思うでしょう。お花をお供えするでしょう。

犬が吠えているのが聞こえますか? 追いかけてくるのが。私には聞こえるんです……。

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