ロシアはずっと油断のならない国

フィンランドに18年暮らし、フィンランド人と接してきた私としては、フィンランド政府ないし国民がNATO加盟を推進する気持ちは、無理もないという感じだ。

彼らは、表向きはロシアと友好関係を築いているが、常に油断のならない国だと思っている。

かつて、この国は帝政ロシアの実質的統治下にあった。フィンランド大公国と呼ばれた時代だ(1809年~1917年)。当初は自治を認めておきながら、皇帝がニコライ2世になると、突如弾圧を開始。自治を剥奪はくだつし、公用語としてロシア語が強要され、属国となった。

翻って現在。1991年のソ連崩壊の影響でフィンランドは経済危機を経験した。それでも、ロシアの窓口として西側諸国と対話を重ねてきた。2014年のロシアのクリミア併合時には西側諸国とともに経済制裁に加わったものの、関係を再び持ち直してきていたところだった。そこに今回のウクライナ侵攻である。

マリン首相はNATO加盟について「今回のウクライナ侵攻で全てが変わってしまった」と断じた。これは、フィンランド人の総意と言っても過言ではない。やはり、ロシアは信用ならない。次に何をするかわからない。

NATOに加盟することで、ロシアと対峙たいじできるだけの安全保障が得られるのなら、望まない手は無いだろう。

日本とアメリカの関係に似ている

そもそもフィンランドの軍事的非同盟な中立政策は、第二次世界大戦中にソ連に負けた手痛い経験と反省から打ち立てたものだ。

戦後何とか主権を回復したフィンランドではあったが、経済の安定のためにすがりたかった「マーシャル計画」への参加をソ連に遠慮して控え、「フィン・ソ友好協力交互援助条約」を結ぶに至った。

この二国間協議は、ソ連の安全保障の利益になり、フィンランドは他の軍事同盟への加入を許さない不平等なものだった。ゆえに1991年にソ連が崩壊してからも、フィンランドはロシアを刺激しないためにNATO非加盟の立場を貫いてきた。

フィンランドは1986年のEFTAや1989年の欧州評議会の加盟など、西欧側諸側につく努力も続けてきた。1994年に国民投票を得て1995年にようやく加盟することができたEUでさえも、その真の動機は「安全保障」だったといわれている。

つまり、主権国家でありながら、常にロシアの顔色を窺い続けてきたのだ。その状況は戦後米国との協調が政治の第一となっている日本と似ていなくもない。

NATO加盟が実現すれば、フィンランドの中立政策は放棄され、より正式に西側諸国の枠組みに収まる機会にもなる。フィンランドは、今でこそ教育レベルの高い北欧の先進国のイメージが定着しているが、それ以前は、東欧や旧ソ連圏と間違われるような国であり、それに不満を持つ国民は多かった。

ヨーロッパ最大規模の軍隊動員が可能

とはいえ、NATO加盟のためにフィンランドにどれだけの財政負担がかかるのか、NATOがどれだけフィンランドにリソースを割いてくれるか疑問点は残る。

NATOに加盟したところで、最もロシア側であるフィンランドはその前線に立たされる可能性もある。さらにNATOに加盟したとて、地理的にロシアの隣国でなくなることにはならないのだ。

フィンランド
写真=iStock.com/pop_jop
※写真はイメージです

フィンランドの防衛費に関しては、国防省の政府予算支出のシェアが、2021年が6.7%、2022年は7.9%に上昇している。NATOに加盟した場合、フィンランドは軍事費が最大で1.5%増量される見込みだ。

現在のフィンランドの現役兵数は約2万人で、有事には合計90万人の軍隊の動員が可能となっている。冷戦が終結し、ヨーロッパの多くの国が停止した後も、フィンランドは徴兵制を続けてきた。

18歳以上の成人男子には6カ月の兵役、もしくは13カ月の社会奉仕の義務がある。その結果、フィンランドでは、国の成人人口のほぼ3分の1が予備役という、欧州で最大級の軍隊を動員できる体制がある。

我が家に届いた徴兵の招集書類とパンフレット とフィンランド国防軍から送られてきたパンフレット
写真=EPA/時事通信フォト
我が家に届いた徴兵の招集書類とパンフレットとフィンランド国防軍から送られてきたパンフレット

このような国では、いざとなれば自身も武器を取って馳せ参ずる選択肢も絵空事ではない。

実際に国防省の関連団体が行っている防衛訓練には現在、参加希望者が急増し、義勇軍に入隊した人もいる。「ロシアが攻めて来たらフィンランドはどうする?」という問いに対して、巷では「もちろん戦う」という声も聞こえてきた。

徴兵制といえば、今年高校卒業予定の筆者の長男(18歳)も来年1月に入隊することが決まっている。新兵はいきなり前線に駆り出されることはなく、国防軍で訓練を受けるだけなので一応安心はしているが、わが子の軍服姿はまだ想像できない。