奨学金のバラマキは“なんとなく進学者”を増やす

そもそも社会で生きる力は、高校までの学習でも十分身に着けることができます。

それ以上の高等教育は本人の自由意志に基づく選択であり、自由には責任が伴います。

その責任のひとつが、奨学金を借りて進学したなら卒業後は返済するということですから、返済に資する職を得るには、在学中の相応の努力が求められるでしょう。

そういう覚悟と強い意志があって進学するのなら問題はないと思います。

実際、ほとんどの人が完済しているのですから。

しかし今回のような奨学金のバラマキは、「とりあえず大学は出ておかないと」「周囲が進学するから自分も進学する」「就職に有利だから」「親が行けというから」といった「なんとなく進学者」を増やすように思います。

そういうなんとなくの進学では、在学中もなんとなく過ごしてしまい、何ら武器になるスキルや経験を身に付けておらず就職活動で苦労する、あるいは返済可能な収入を得られる仕事に就けない人を増やしてしまいかねません。

そう考えると、将来一定金額以上の収入に達したら返済が始まるという「出世払い方式」が有効なのか疑問です。

主婦(主夫)が配偶者控除から外れるのを避けるために、パートなどのシフト調整をして年収を抑える人がいるように、返済義務から逃れようと収入が低いままでいいや、という人が出るかもしれません。

だとしたら、借りられるだけ借りて自己破産されるようなもので、ムダ金になってしまいます。

学問だけが人間の生きる道ではない

そもそも生きていく方法は大学進学だけではなく、勉強が不得意とか学業が優秀ではなくても人生を切り拓くことはできます。

スポーツやクリエイティブ分野など、学歴や学業成績が問われない職業はたくさんあります。

学問以外のところで本人がやりたいこと、適性がある世界を探せばいい。そういう多様な仕事、多様な働き方ができる社会の方が健全でしょう。