「頭が弱く暴力的」というイメージはいつ生まれたのか
かつて奴隷制があった時代、黒人は「白人より弱く頭が悪い」存在とされていた。奴隷として使役するためには、彼らを動物並みと考える必要があったからだ。
そうした認識は、映画黎明期に歴史的な大ヒットを記録した映画によって、さらに根深く浸透してしまう。
1915年に公開されたサイレント映画『バース・オブ・ア・ネイション』(邦題:國民の創生)は、アメリカ人が初めて本格的な商業映画に触れた、衝撃的な作品である。その中で、黒人男性(もちろん顔を黒くぬった白人)が白人女性をレイプしようとするシーンが出てくる。「黒人は頭が弱く暴力的」というイメージはここから白人社会に広がっていった。
一方で、黒人を虐殺してきた白人至上主義団体のKKKがヒーローとして描かれている。今でこそ明らかな人種差別として強く否定されている作品だが、当時の人々は、ショッキングな映像として描かれたプロパガンダを信じたのである。
公開当時のアメリカ社会は、奴隷解放後の黒人男性が経済力をつけ始めており、白人からみると職を奪われるなどの脅威になり始めていたために、黒人にネガティブなレッテルを貼ろうとしたと解釈されている。
地位向上のための努力が台無しになった
つまり、黒人は暴力的で感情のコントロールができないというステレオタイプは白人、かつてのハリウッドの映画業界が作り出したものだった。そのイメージは長く残り続け、多くのハリウッド作品に反映されただけでなく、黒人に暴力を振るうことへの言い訳にもなり、ブラック・コミュニティを傷つけている。
警官による黒人の暴行死をきっかけに広がった2020年のブラックライブスマター(BLM)運動は、そうした白人の意識を大きく変えるきっかけになった。暴力が起きるのは、作られたステレオタイプが根底にあるという認識が、特に若者の間で広がった。
ところが、ウィルがとった行動のために、BLMも含めこれまで積み上げてきた黒人コミュニティの地位向上の取り組みが台無しになるのではないか、という不安が広がったのである。
同時に、これはアカデミーとハリウッド映画業界自身の懸念でもあった。